相澤 消太の場合
予想外の事態に、彼は呆然と言葉をこぼした。
「まさか・・・俺が、巻き込まれることになるとはな」
例の個性事故について、生徒たちに忠告していた側の人間が、まんまと個性事故に巻き込まれてしまうとは・・・なんとも決まり悪い話である。
気だるそうにゆるゆると首を横に振り、気を取り直したように一息つくと、相澤は強子のほうへと振り向いた。
「そんじゃ、まあ・・・さっさと条件を達成させてここから出るぞ」
「え゛」
当然のことのように、あまりに淡々と言い渡されて、強子の顔が引きつった。
強子が呆然と固まっていれば、相澤はずんずんと彼女に歩み寄り、二人の距離がどんどん近づいていく。
「えっ、ちょっと待って・・・?冗談、ですよね・・・!?」
ねえ、冗談なんでしょ?どうか そうだと言ってくれ・・・!
必死に祈る強子の引きつった青白い顔を見て、相澤は「なに言ってんだ」と呆れた様子で一蹴する。
「この個性事故に巻き込まれた場合の合理的な対処法は、無駄な足掻きはせず、“条件”をクリアすること―――前にHRで伝えただろうが」
「っ、そうですけど!それはわかってますけどぉ!!でも、だって、“条件”って・・・!」
壁にちらりと視線をやれば、やはり、強子の見間違いではなく、『キスしないと出られない部屋』と書かれている。
・・・キスだぞ?強子と相澤がキスをしないと、条件は達成されないんだぞ!?
「私たちっ、生徒と教師ですよ!?キスなんて ご法度でしょ!!」
生徒と教師なんて、禁断の組み合わせだろ。
日頃、立派なヒーローになれるよう指導してくれる先生と、急に“キス”しろだなんて・・・こんなの、声を大にして抗議せずにはいられない!
「俺は教師だからこそ生徒の身の安全を考え、部屋から抜け出すことを優先して行動するまでだ」
ぐ、と言葉に詰まる。
相澤が正論を言っているのは理解できるが・・・うら若き乙女としては、そうやすやすと受け入れられる事案じゃない。
「(せめて 心の準備をする時間くらいくれても・・・って、時間があれば良いってわけでもないけどさぁ!)」
この割り切れない気持ちをどう説明したものかと強子が頭を悩ませている間に、相澤が 手を伸ばせば届く距離にまで来ていたことに気づく。
「!」
反射的に、強子はくるりと彼に背を向け、駆け出した。
それが無駄な抵抗なのも理解しているけど・・・追われると逃げたくなる本能というか、頭で考えるより早く 脊髄反射で動いていた。
そんな強子を見やり、相澤はいたって冷静に、そして無慈悲に行動を見せる。
「ぐぇっ!?」
相澤は首もとに巻いていた捕縛布を使い、逃げ出した強子を捕らえたのだ。一瞬で、強子は捕縛布でぐるぐると簀巻きにされ、身体の自由を奪われる。
「あーっ!?ズルい!!この部屋じゃ個性を使えないから いつもみたいに戦えないのに!先生だけ、いつもどおり捕縛布つかうなんてズルい!」
「ズルくはないだろ、個性を使えないのは俺も同じだ」
ハッと鼻で嗤いながら、簀巻きにした強子をズルズルと自分のほうへ引き寄せていく相澤。
足で踏ん張ってどうにか抵抗しようとするものの、今の強子には男に抵抗できるような超パワーはなく、相澤のほうへと容易く引き摺られていく。
ついに彼の目の前まで来ると、彼はなんの躊躇もなく、流れるような所作で強子の後頭部にするりと手を添えた。
「っ・・・!」
後頭部に触れる、男性特有の ごつごつと骨張った手の感触。
その手は、同年代の男子たちよりもずっと大きくて、否が応でも“大人”を感じさせた。
目の前にいる彼が 大人の男であり、その手に少しでも力を入れられれば すぐにでもキス出来てしまう現状を理解して、強子の顔にカァッと熱がこもる。
「っちょ・・・!ちょちょちょっ、ちょっとぉ!?」
とっさに、彼から距離をとろうと身じろぐも、強子の身体は捕縛布でガッチリと固定されている。おまけに、後頭部を支える手は思いのほか力強く、強子は頭部を動かすことすら出来ない。
赤い顔ではくはくと口を開閉させる強子は、どうにか言葉を絞り出す。
「せ、せんせっ、まさか、本当にするつもり!!?ぴっ・・・PTA!いや 教育委員会に言いつけますよ!!!」
強子は捕縛布にくるまったままジタバタと暴れるが、相澤は彼女の抵抗などまったく意に介さない様子で、真正面からジーッと強子の顔を凝視する。
「・・・お前、」
ふいに相澤が、ぽそりと言葉をこぼした。
「てっきり キスくらい慣れてるもんだと思ってたが・・・キスひとつで、赤くなるくらいの可愛げはあったんだな」
「馬 鹿 に し て ま す!?」
ギッと相澤を睨みつける。
確かに、不意打ちを食らって思わず赤面してしまったのは事実だけど・・・自分が“大人”だからって、“子供”の強子を見くびってるんじゃない?たかがキスひとつで赤くなるような、ウブな おぼこ娘だと、強子を眼下に見てるんじゃないか?
そんな不名誉な扱いに腹を立て、今にも噛みつかんばかりの剣幕の強子を見おろす相澤は、ふっと口元をゆるめた。
めずらしく 嫌味っぽさを感じさせない笑みを浮かべた彼は、小さく屈んで彼女の耳元に口を寄せ・・・男の色香にあふれた声で、低く囁く。
「――― “条件”が、キス程度で済んでよかったな」
「っ!?」
それ、どーいう意味!!?
くわっと血相を変えた強子が口を開くと・・・相澤のキスによって彼女の口は塞がれ、抗議の声は呑み込まれてしまった。
眉をつり上げてジットリと相澤を睨みつけるが、そんな強子の様子に気づいていないのか、気づいているけど無視してるのか(おそらく後者)、相澤は強子と目を合わせることなく朝のHRを進めていく。
悶々としながらHRが終わるのを待っていた強子は、終わると同時、つかつかと大股で相澤に歩み寄った。
「せ〜んせぇ〜・・・」
恨みがましい声で呼びかければ、彼はようやく強子と目を合わせた。
途端に、彼に口を塞がれたときのことを思い出して、強子の頬に朱がさすが、彼女はそれを誤魔化すように咳払いを一つする。
「ええっと・・・あー、まあ、先生のおかげで救かった部分もあったのは否定できないので、一応、お礼は言っておきます・・・アリガトーゴザイマシタ」
でも、あんな、心の準備が整う間もなく、無理やり人の唇を奪うのは・・・教師としてどうかと思いますけど!
それに、『“条件”が、キス程度で済んでよかったな』という相澤の言葉―――それを思い出してぞっとする。
あの話しぶり・・・きっと、今までに起きた個性事故で、部屋の“条件”がキス以上のことを求めるパターンもあったのだろう。
そして、相澤なら、どんなに過激な“条件”だろうと、躊躇なく達成させようとするんだろうな・・・。
そう想像して強子が乾いた笑いをこぼしていると、
「身能・・・なに言ってんだ?」
「え?」
「俺はお前に礼を言われるようなことはしてないが」
「え!?だ、だって先生、あの部屋で・・・っ」
「何のことか俺にはサッパリわからん。夢でも見たんだろ」
―――はァ?
強子の顔が引きつる。
話は済んだといった様子で、スタスタと教室を出ていく相澤の背中を、彼女はギッと睨みつけた。
「(この野郎っ・・・“なかったこと”にしやがったな!?)」
なんとも相澤らしい、合理的な選択である。
例の個性事故にあったことが知れれば、犯人捜索のためにも、詳しい事情を他の教師たちに報告しなければならない。すると漏れなく、生徒と教師がキスをしたことまで報告するわけで・・・色々と、問題が出てくる。
だから、“なかったこと”にするのが、お互いにとって一番面倒が少ないのだ。
納得はしたくないけど、不本意ながら、相澤の行動を理解できてしまう自分がいる。
相澤の背を無言で睨み続ける強子は・・・めずらしく彼が上機嫌な笑みを浮かべていたことも知らず、ただ静かに、行き場のない憤怒の感情を滾らせるのだった。
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このシリーズ、最後のお相手は相澤先生にさせていただきます。シリーズの締めくくりにしては、合理性重視で甘さ控えめですが(笑)
同年代の男子がお相手だと、強がるというか、大人ぶってリードしたがる傾向がある夢主ですが・・・先生(大人)相手だと、なんとなく、甘えてワガママぶる傾向がありますね。
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[mokuji]
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