物間 寧人の場合

「・・・・・・絶対におかしい」


今、自分のおかれている状況を、改めて、客観的に考えてみても・・・やっぱりおかしいと思う。
けれど、強子のそんな抗議の声は、のん気な物間によって笑い飛ばされた。


「何もおかしなことはないさ!当然の流れだろう?」


飄々とした態度で物間は答えたけれど・・・彼と強子の、今の状況を考えてほしい。
出入口のない、妙な部屋に閉じ込められている二人。
物間は、部屋のソファにゆったりと腰かけ―――その膝の上で、彼に横抱きにされるようにして強子は座っていた。
あげくに、彼は強子の髪を一房その手に取り、指先で弄んで彼女のさらさらとした髪の感触を楽しんでいる。優しく彼女の髪をすく手つきは、まるで大切な宝物でも愛でるかのようだ。
ゼロ距離で作り出される、恋人同士がするような体勢。むず痒くなるような甘ったるい触れあい。
これが・・・当然の流れだと?


「ど こ が?」


心底理解できないといった顔の強子が、静かにツッコミを入れた。

状況から察するに―――強子と物間の二人は、最近流行っているという例の個性事故に、今まさに巻き込まれていると考えるのが妥当だろう。
だというのに、何を思ったのか 物間のとった行動といえば・・・慌てる様子も困惑する様子もなく、強子を横抱きにして ソファの上でこうしてくつろぐだけ。
・・・絶対に、おかしい。
普通の感性の人間だったら こうはならない。
もし、同じような状況に陥った人が他に何人いたとしても、その人たちの中でも物間の行動は異色なんじゃないだろうか・・・


「普通は、まずこの部屋から出ようと模索するもんじゃない?」

「そうだろうね。もちろん僕だって、この部屋にずっと居すわるつもりはないよ」


相変わらず飄々とした態度で返されたけど・・・その態度、部屋から出る気があるとは とても思えない。
強子が怪訝そうに物間をじろりと見つめていると、彼は肩をすくめた。


「この部屋から出る方法ならわかってる―――僕と身能さんが キスをすればいい。それだけさ」


壁に書かれた『キスしないと出られない部屋』という文字にチラリと視線をやり、彼は口元に笑みを浮かべて「簡単だよね」なんて言ってくれる。


「でも―――ただ キスをするだけなんて、味気ないだろう?」

「・・・は?」


また 何か言い出したぞ、コイツは・・・。


「いくら目的のためとはいえ、キスという特別な行為をするからには・・・それ相応の作法ってものが必要だと思わないかい?」


物間は何やら企んでそうな、油断ならない笑みを浮かべると、洗練された所作で強子の手をとった。
金髪碧眼の整った容姿も相まって、悔しいけど、かなりサマになっている。舞踏会でプリンセスをエスコートする王子のごとき気品だ。
強子を見て フッと妖艶に微笑んだ彼は・・・きっと、彼自身の容姿が優れているという自覚があるに違いない。でなきゃ、普通の男子高校生は、こんなキザったらしいことしないだろう。


「ただ作業をこなすように、事務的にキスをするだけなんて、あまりにも情緒がない!こういうことは たとえ“フリ”でも、雰囲気を大切にすべきだと僕は思うね」


だから強子は、膝の上で横抱きされるという、恋人ごっこみたいな事をさせられているのか・・・?
気取ったようにご高説をたれる物間を黙って見ていた強子が、ふいに、ニコリと笑って口を開く。


「前から思ってたけど、物間くんって・・・ちょっと 夢見がちだよね。女々しいっていうか」

「ロマンチストと言ってくれるかなァ!?」


くわっと勢いよくスゴまれ、強子は笑顔のままそっと後ろにのけぞった。


「そういう君はさァ、さっきから ちょっとドライすぎるんじゃないの!?普通の女子ならこういう時、もう少し恥じらうとか胸をときめかせるとか、可愛げのある態度を示すものなんだよ!!君のは女子高生のリアクションと思えないんだけどォ!?A組のガサツな連中とつるんでばかりだから、君の中の女子成分が枯れているんじゃないかい!?あー やだやだ、つるむ友人は慎重に選ぶべきだね!!」

「あー うん、はいはい」


本当に、よく口が回るやつである。
彼の言うとおり、普通なら、頬を染めたり、胸を高鳴らせたりする場面なのかもしれない。だが、あいにく強子は、“普通”という枠に収まる人間ではないのである。


「(っていうか、相手はあの“物間”だしなぁ・・・)」


確かに、彼はかっこいい。物語で描かれる“王子様”を体現したかのような見た目。自信たっぷりの、堂々とした素振り。頭の回転も早くて、何ごともスマートに出来る男だ。
だけど、物間寧人の性格をよく知っている強子からすると・・・デート商法やら、結婚詐欺やらの標的にでもなった気分だった。


「聞いてるの身能さん!?」

「うん、聞いてる聞いてる」

「だいたいさ、僕たちをこの部屋に閉じ込めた犯人だって、身能さんの女子らしい反応を見たいからこそ、“キスしないと出られない”なんて条件にしたんだろう!?」

「・・・え?」

「相手の思惑どおり ってのが面白くないのもわかるけどさ、ニーズにはしっかり応えるべきなんじゃないかなァ!?人々が僕らに望む姿を披露してあげるってのもまたヒーローの務め・・・言わばこれは ファンサービスなんだよ!」

「ちょ、ちょっと待って・・・・・・何の話?」


犯人が、強子に女子らしい反応を求めてる?人々が、強子たちに望む姿??
物間はいったい、何の話をしてるんだ?


「ああ、もしかして知らなかった?最近 流行ってるらしいよ、ヒーロー科の誰と誰が出来てるとか、誰と誰があやしいとか・・・そういう恋愛がらみのゴシップが。校内のあちこちで、嘘か本当かもわからないウワサ話が飛び交ってるよ」


言われてみれば最近、他科の人たちとの会話の中で、「身能さんって好きな人いるの?」とか「◯◯くんと仲良いね?」なんて、さりげなく探りを入れられることが多かった気がするけど・・・


「普通科に経営科、サポート科までもが揃いもそろって、ヒーロー科の恋愛事情のネタ探しに奔走しているわけさ。ま、ヒーロー科の人間は目立つからね、話のネタにされやすいんだろうけど」

「へ、へぇ・・・?」


つまるところ、芸能人の熱愛報道なんかで やんややんやと盛り上がる社会心理みたいなものだろうか?
・・・というより、キャラクター同士のカップリングを妄想して楽しむ、オタク心理に近いかもしれない。格好いいキャラや可愛いキャラ、お気に入りのキャラでかけ算するのが趣味なオタクは、いつの時代にもいるもんだ。
それに、個性あふれるヒーロー科の面々が、そういった対象で見られるのもわかる気がする―――現に、強子の前世では、出茶とか上耳とか轟百とかがオタク間で流行っていたわけだし。


「言っておくけど、ヒーロー科の中でも群を抜いて話題にあがるのは 君だよ」

「私!?」

「そりゃそうさ。見た目良し、実力もあって、オールマイトの秘蔵っ子だなんて知名度もある。君がダントツの注目株なんだよ。噂されてる身能さんの“相手”には・・・まぁ、色んなヤツの名前があがってるみたいだけど・・・その中の一人は、この僕だ」

「えっ」


強子と物間が出来てるって 噂されてるのか?ウソでしょ?強子と物間のカップリングなんて・・・そんなの、違和感しかないのに。
物間の “相手”といえば 拳藤、それ一択だろう!?


「今までに この個性事故の被害にあった人たちは、ヒーロー科が多いって聞いてたけど・・・犯人が、校内で流行ってるウワサ話をもとに人選して個性を使っていると考えれば、今ここに、僕と身能さんの二人がいるのも合点がいく」


・・・なんと。
物間から語られた内容に、唖然とする。
つまり、強子と物間の関係を勘ぐった犯人は、『キスしないと出られない』なんて条件で二人を閉じ込め、二人がキスするまでのプロセスをじっくり観察しようって算段なんだ。甘酸っぱい二人のイチャつきを鑑賞しようって腹積もりなわけだ。


「―――・・・いいよ」


お望みどおり、やってやるよ。
相手の思惑どおり、ってのは不愉快ではあるけれど・・・これもファンサの一環と聞いては、やらないわけにはいかないしな。
強子の女らしい部分が見たいというなら、見せてやる。


「ノってやろうじゃん・・・犯人の仕組んだ、この滑稽な茶番にさ」


ただし・・・この部屋を出たあかつきには、悪趣味な犯人を絶対に見つけ出して 取っ捕まえて、職員室につきだしてやる!


「身能さん・・・?」


急に気迫のこもった顔つきになり、瞳をギラつかせる強子を物間が訝しむ。
そんな彼にフッと妖艶に微笑むと、強子はすらりと伸びた細腕を彼の首にまわした。彼の膝に座る彼女は、そのまま上体をぴたりと彼に寄せ、甘えるように体重を預ける。
そうして物間を上目遣いで見つめ、無言で熱っぽい視線を送れば・・・彼は緊張をはらんだ表情で、ごくりと喉を鳴らした。
自身の優れた容姿を自覚している強子だからこそ、出来る仕草―――そのあざとい振る舞いに、物間は一拍おいて「はああ・・・」と深いため息を吐いた。


「そういう雰囲気を求めたのは僕だけどさ・・・」

「どう?ときめいた?」

「身能さん、やりすぎだよ・・・。妙にサマになってて、“つつもたせ”とか、タチの悪いキャッチにでも引っかかった気分だ」


物間の返答に、強子は声をあげて笑った。
強子も彼も 性格に難がある者どうし・・・相手をときめかせるにも、お互い一筋縄ではいかないらしい。


「やっぱり、私の性格をよく知る人が相手じゃ、色仕掛けは通用しないかー・・・まぁ、クラスでもいつもそんな扱いだし、慣れてるけどね。可愛いけど性格極悪だとか、腹黒女とか・・・」


A組における強子のぞんざいな扱われ方を思い出し、へらりとだらしない顔で笑う。そして、ふと思ったことを口にした。


「一緒に閉じ込められたのが私なんて、物間くんも災難だったね」


物間だって、強子が相手じゃ“雰囲気”もなにも無いだろう。
それに彼は、拳藤と親しい間柄で、二人セットで一緒にいるところをよく見かける。バランスのとれた お似合いの二人・・・ウワサ好きの人たちの、恰好のネタだ。


「犯人も、どうせ茶番を仕組むんなら、相手は私じゃなくて拳藤さんにしたほうが楽しいだろうに。そっちのが需要あるでしょ」

「・・・・・・君ってさぁ、」


物間が、どこかアンニュイに見えるタレ気味な碧眼で強子を見据えた。
中身は残念な奴だと知っていても、見た目だけは良いせいで、その視線に圧倒されそうになる。


「前から思ってたけど、身近な人間からの好意に関しては 鈍感だよね」

「えっ?」


それ、どういう意味・・・?
きょとんと彼を見つめ返していると・・・物間は自身の手のひらを、ふわりと強子の頬にあてがった。


「身能さんにもわかるよう、はっきり言おうか―――君と二人きりで、君がこんなに近くにいて、あんな思わせぶりなことされたら・・・誰だってどきどきするんだって」

「!」


不本意そうに眉を寄せた物間。その碧眼が、強子をじっと捕らえて はなさない。見たことがないくらい真剣味を帯びたその表情に・・・不覚にも、胸がときめいた。


「“災難”?そんなわけないだろう、A組の奴らを出し抜いて 君とキスできるんだからさ。唯一、災難があるとすれば・・・君が、僕と拳藤のあいだに、ありもしない恋愛感情を見出だしてるってことくらいだ」


ギシリ―――ソファが軋む音が、いやに耳についた。


「まあ、その鈍感さにA組連中が振り回されるのは良い気味だし、君が鈍いのも悪くはないんだけどさ・・・」


もとより近かった二人の顔がさらにぐっと近づいて・・・くちびるに 彼の吐息を感じるほどの距離で、彼が低く声を絞り出す。


「頼むから・・・・・・こういう事は、僕以外の奴とは してくれるなよ」


そして彼は、まるで王子がプリンセスにするように、甘い口づけを彼女に落とした。










「「「身能(さん)!!!」」」

「!!?」


突然、A組の教室になだれ込んできたB組の団体に、強子はぎょっと目を剥いた。


「な、何ごと・・・!?」


驚く強子に、団体の先頭にいた拳藤が 顔面蒼白でわなわなと震えながら尋ねる。


「物間とキスしたって、本当!!?」

「えっ・・・」


拳藤の言葉を聞いて、A組の教室中に驚愕の声がとどろいた。


「その、信じられない話だけど・・・物間が、例の個性事故にあって 身能さんとキスしたって、朝から自慢してきてうるさくて・・・」


A組とB組、双方からの視線を一気に浴びながら強子が物間を見やれば、彼は鼻につくドヤ顔で胸を張っている。
・・・あり得ない。
物間のやつ、あの部屋での出来事を、B組のクラスメイトたちに言いふらしたのかよ!
普通の感性の人間だったら こうはならない。
もし、同じような状況に陥った人が他に何人いたとしても、その人たちの中でも物間の行動は異色なんじゃないだろうか・・・


「(キスしただなんてデリケートなことを周囲に言い広めるとか、マナー違反だろ!あまりにも情緒がない!っていうか、デリカシーがない!!)」


なぜか 勝ち誇った顔で周囲を見回してる物間に、ふつふつと怒りが沸いてきた。そして、


「・・・キスしたって―――なんのこと?」


強子の発した言葉に、教室がしんと静まった。
皆が彼女を見れば、彼女の顔は「なに言ってんのこの人、大丈夫?」とでも言いたげに、心配そうに歪められている。
そう・・・強子は、“なかったこと”にしたのだ。


「やっぱり、そうだよね!」

「個性事故とはいえ、身能が物間とキスするわけないと思ったよ」

「なんだ、物間のいつもの妄想かぁ」


強子の様子を見たB組の面々は、納得したように笑顔で頷きあうと、ぞろぞろとA組の教室から出ていく。


「ちょ、ちょっと待ってよ!あれは妄想じゃなくて、確かに・・・ねえ身能さん、君っ、僕とキスしたよね!?」


もはや誰ひとり物間の言葉を信じようとしない中、自分の記憶すらも信じられなくなってきたんだろう、物間が強子にすがった。そんな物間に、彼女がニコリと笑って口を開く。


「前から言ってるけど、物間くんって・・・ちょっと夢見がちだよね」

「!!?君、やっぱり「ほら物間、もう戻るよ!」待て拳藤っ、まだ話は終わってな・・・」


拳藤によってB組へ強制送還される物間を見送りながら、強子はすべて“なかったこと”にした。
強子は個性事故にあってない。物間とキスなんてしてないし・・・物間を相手にときめくなんてことも なかったのだ。










==========

連載にて(一応)恋愛フラグが立っている物間くん。彼にも番外編で出番を与えてあげないとね!需要はあるのか微妙なとこだけど。

部屋に閉じ込められた物間は、これ幸いと夢主とイチャコラしてました。夢主とクラスが違う彼は、日頃から何かとやきもきしてるので、ここぞとばかりにアピールするんでしょうね。
余裕そうに見せてるけど、実は必死です。



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