エピローグ

深夜―――草木も眠る、丑三つ時。

雄英高校の敷地内の、学生寮が建ち並ぶその場所。
真面目で優秀な生徒の多いこの学校では、こんな時間まで起きて出歩く者などいないわけで、当然、辺りは人っ子ひとりおらず、しんと静まりかえっている。
そんな中・・・暗闇にまぎれ、何者かがすたすたと歩みを進めていた。
どこか明確な目的地があるのだろう、その者は脇目も振らずに、迷うことなく足を進めていく。周囲を警戒する様子がないのは、こんな時間に自分以外の人間がいるはずないと確信しているからだ。
しかし―――


「こんばんわ」


突如、背後から声をかけられ、その者はビクリと肩を跳ねさせる。慌てて振り返ると、そこには、身能強子が笑顔で佇んでいた。
月明かりしかない暗闇においても彼女の愛らしさは霞むことなく、むしろ その笑顔で世界を照らせるのではないかと思うほどに眩しく、尊い。彼女の天使のごとき笑顔に思わず見とれる・・・が、今はまずい。
今は、そんな場合じゃないのだ。この状況で ヒーロー科の、それも “あの” 身能と接触するのは、まずい。非常にまずい。
―――早いとこ、とんずらしなくては。
自分のようなモブキャラの顔なんて彼女の記憶には残らないだろうし、この場をとっとと去ってしまえば、自分が誰かなんて特定されることもないだろう。早期撤退がベストな選択に違いない。
だが しかし、


「あなたは確か、普通科の2年生の・・・漫研に所属してる方でしたよね!」


すでに 特定されている・・・!
疑問系ではなく断定するように言われ、彼はサァっと顔を青ざめさせた。
何故あの身能が自分を知っているのか、そんな思考を廻らす間もなく、彼女は言葉を続けていく。


「こんな遅い時間に一人でうろつくなんて、危険だと思いますよ?最近は、妙な個性事故が流行ってるらしいですし・・・」


見ず知らずの奴を相手に 眉を下げて気遣わしげに告げる彼女は、まさしくヒーローと呼ぶにふさわしい人格者だ。
彼女が自分を案じてくれたことを嬉しく思う反面、複雑な気持ちになったが・・・今はとにかく、この場から立ち去ることが最優先だ。


「き、気をつけるよ。それじゃ「あぁ、そうそう!“流行り”と言えば、こんな話を知ってますか?」・・・はい?」


無邪気に話をふられて、彼女から逃げ出すことに失敗した。仕方なく彼女に向きなおると、


「最近、ヒーロー科をネタにした恋愛絡みの噂が、校内のあちこちで流行ってるらしいんですよ」


彼女が口にしたのは、そんな取り留めのない話題であった。


「ヒーロー科の人間はみんな個性的というか、目立ちますから・・・他の科の人からすると、色々と妄想が捗るんでしょうけども」


なんてことない世間話のように語る彼女は、呆れまじりに笑っている。


「ずいぶんニッチな趣味だと思いません?しかも聞いた話じゃ、単なる噂話で盛り上がってたのがどんどんエスカレートして・・・今や、ヒーロー科の生徒たちでカップリングした“薄い本”まで出まわってるらしいんです。なかでも近頃人気なのが、“○○しないと出られない部屋”シリーズだとか」

「っ!」

「気になって調べてみたところ・・・お恥ずかしながら、なんと、私がネタにされてる漫画もあったんですよー!」

「・・・へ、へぇ」

「でね、不思議なんです。その漫画を読んで見たら、私が実際に体験した内容と、そっくりそのまま、同じ内容だったんですから!行動も、セリフまでもが全く一緒で―――漫画の作者は あの部屋で起きた出来事を見ていたんじゃないかと疑ってしまうほどでした」


優雅に笑っている彼女に対し、彼の表情には緊張感がただよっており・・・そのこめかみに、一筋の汗が流れ落ちる。


「同じシリーズの漫画のネタにされていた人たちにも確認してみたところ、皆さん驚いてましたよ・・・漫画に描かれてることは、自分が体験した内容と同じだ、ってね」


彼は相槌すら発することなく、完全に沈黙していた。


「それから・・・“条件”を達成して部屋から出ると 深夜、ちょうど今くらいの時間に自室のベッドで目を覚ましたという点も、皆さんに共通してました。個性事故にあった全員がそうだということは、これは個性“事故”というより、人為的なものを疑ったほうがいいと思いませんか?」


そこまで言うと、愛らしい笑顔を浮かべていた彼女が、スッと目を細めた。


「この個性事故が流行りはじめたのは、寮制度を導入して以降・・・つまり、個性事故を引き起こす犯人がいるとしたら 雄英内部の人間です。そして、おそらく犯人は、この時間に不審な動きを見せるだろうと睨んでいたわけですが・・・」


ああ、名探偵の推理によってだんだんと追い詰められていく犯人の心境って、こんな感じなんだろうか・・・


「ところで―――こんな遅い時間に一人でうろつくなんて・・・あなた、何をしてたんです?」


答えをわかっていながらも、相手を試すかのように問いかけてくる彼女は、とんだ食わせ者だ。ヒーローらしい人格者だ なんて、勘違いも甚だしい。
口惜しいが、彼女が相手では勝ち目がない。感覚的にそう悟った彼が慌てて踵を返す。


「俺、部屋に戻「あ な た で す よ ね?―――個性事故の “犯人”」


彼女にぐわしと肩を掴まれ、その場に縫いつけられたように一歩たりとも動けなくなる。


「漫研であなたの描いた漫画を見せてもらって、例のシリーズ漫画の作者と同一人物だと確信しました。シラを切ろうたって無駄です、私の眼は誤魔化せませんよ」


肩をガッチリ掴む手を振り払おうとしたって びくともせず、どう足掻いても逃げられないのだと悟ってしまう。
ヒーロー科で日々鍛えている彼女には、個性を使える状況であれば、男ひとりを力で押さえつけるなど容易いこと。彼女から逃げ出そうなんて、普通科の彼には 土台無理な話だったのだ。


「人の趣味にとやかく言うつもりはありませんけど・・・個性を人に使ったら アウトでしょ。実害も出てるし。しかも、その薄い本を売りさばいて甘い汁を吸ってたとなりゃ・・・タダで済むはずがない」


彼女が低く囁くように耳打ちすると、彼は血の気のない顔で身震いしながら強子にすがり付く。


「ま、待ってくれッ!悪かった!俺が悪かった!反省してる!だから、このことは・・・!」


必死の形相で助けを乞うてくる彼に、彼女はニッコリと、天使のような笑みを返した。


「私はヒーロー科ですよ?おいたが過ぎた人を 見逃すわけがないでしょう?」


個性を不正使用して他人を勝手に巻き込むなんて・・・強子を含め、幾人ものヒーロー科の生徒が被害にあった。
あげくに、彼らが部屋の中で見せた挙動を、薄い本にして売りさばくなんて・・・こっちはあんな醜態を曝したというのに、この男にまんまと食い物にされたわけだ。
そのような悪行―――たとえお天道様が許しても、この身能強子が許すはずがない。


「さっ、行きましょうか!先生方のところへ―――」


雄英を騒がせていた個性事故――否、“事件”は、こうして幕を閉じたのだった。










==========

キスしないと出られない部屋って、なかなかベタな(笑)テーマですが、なかなか楽しく執筆できました!
各話でちょこちょこヒントを出しつつ・・・最後のオチ(?)として、事件解決までもっていけて良かったです。
夢主は断片的な情報から、よくぞ犯人までたどり着きましたよ・・・きっと、ものすごい執念で捜したんでしょうね。犯人の手のひらで踊らされっぱなしは、彼女の性に合わないでしょうから。

犯人について補足させてもらうと、寝ていたり、精神が無防備な相手に使用できる個性です。また、対象者と一定の距離以上近づかないといけません。ただし雄英の寮が密集するあの敷地内なら、任意の雄英生2人に個性を使えたものと考えてます。
そんなわけで・・・このシリーズのお相手にファットさんをリクエスト頂いたりもしたのですが、彼は遠すぎるので参加できませんでした。申し訳ありません。


[ 8/8 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -