緑谷 出久の場合

「えっ、え・・・・・・え、えェえええええ!!?」

「(ウワッ、うるさッ・・・!!)」


耳をつんざくような大声を浴びせられ、堪えきれず強子は迷惑そうに顔を引きつらせた。
強子の目の前には、これでもかと目をかっ開き、あわあわと口を震わせ、全身を強張らせている緑谷がいる。
天地がひっくり返ったかのように戸惑う彼の様子からするに、彼も、部屋の壁に書かれた『キスしないと出られない部屋』という文字を見たのだろう。


「・・・っい、いやいやいや!う、嘘だよね!?ぼ、僕がこんな・・・身能さんと、こんなっ、こんなことになるなんて!!?きっとこれは、夢に違いない!あ、そうかっ、これは夢なんだ!ほら、こうして頬をつねってみれば・・・・・・ウン!痛い!!!」


赤い顔して、一人で忙しなくあーだこーだと口ごもっている緑谷に、思わず呆れたようなため息がこぼれる。
人々を救うヒーローとしては、彼の ここぞという胆力は信頼に値するもので、たいへん頼りになる存在・・・なのだけど。どうにも彼は、こっち方面の話となると、てんで駄目だな。


「デクくん、ねえ、ちょっと・・・落 ち 着 こ う か」


まずは冷静になって話し合うべきだろう。そう考えた強子が冷静に声をかければ、彼はビクゥッと肩を跳ねさせ、「ヒェ」と情けない声をもらした。


「(ウワァ、頼りな・・・)」


今にも泣き出しそうな困り顔で、ぷるぷると小刻みに震えながらこちらを見つめる緑谷。そのあまりの頼りなさに、強子は思わず半目になった。
厄介な個性事故に巻き込まれたというのに、同じ境遇にあり、ともに協力しあうべき相手の・・・なんと頼りないことか。いずれ“最高のヒーロー”になる男とは、とても思えん。


「・・・あ、あの、身能さん・・・?」


ビクビクと怯えた様子でこちらの顔色を伺っている緑谷に、強子は再びため息をこぼした。
この際、彼の腑抜けっぷりには目を瞑るとして・・・


「・・・とりあえず、これからどうするかを考えよう」

「これから、どうするか・・・」


強子の言葉に、緑谷の表情が引き締まる。
そして、先ほどとは打って変わり、彼は落ち着いた様子で口を開いた。


「この部屋に来てから、個性を発動させようとしても、まったく発動しないんだ。身能さんはどう?」

「・・・私も同じみたい」

「そうか・・・うん、やっぱり・・・」


身体強化をしようとしても、自分の身体に何の変化もない。
個性を使えないというその感覚を不快に思い強子が眉を寄せていると、緑谷は納得したように一つ頷いた。


「個性が使えない。それと、部屋を出るために課せられた“条件”―――この部屋は、相澤先生が話していた部屋のことで間違いないと思う。僕らは、最近頻発してるっていう 例の個性事故に巻き込まれたんだ」

「まあ、そう考えるのが自然だよね・・・」

「それにしても、いったいどういう個性なんだろう?部屋の壁も、配置されてる机や椅子も触れられるし、すごくリアルだ、けど・・・・・・物理的に閉じ込められたというより、精神に作用するタイプの個性って可能性を考えたほうが良いと思う」

「?」


緑谷の言うことがいまいち理解できず首を傾げていると、彼は周囲を慎重に観察しながら言葉を続けた。


「出入口ひとつない、密閉された奇妙な空間―――この部屋自体が個性でつくられているんじゃないかな。それに、“条件”を課すからには、部屋の内部を確認するためにカメラが設置されていそうなのに、それらしきものが見当たらない。この部屋自体に“条件”達成の有無を識別する力があるのか・・・あるいは、この部屋を作り上げた本人には部屋の内部が把握できるのか・・・とにかく、そんな特殊な空間に僕らは閉じ込められてるってことだ」

「は、はぁ・・・?」

「でも、おかしいんだよ・・・この部屋に閉じ込められたときの記憶がないんだ。というか、この空間に閉じ込められる前、自分が何をしていたかすら わからない。ただ物理的に閉じ込められたり、この空間に転移させられただけなら、記憶が欠落するはずないのに。第一、身能さんは察知能力に長けていて、勘も鋭い。たとえ不意打ちでも、身能さんが物理的に個性の攻撃を受けるとは考えにくい・・・」

「・・・・・・つまり?」

「えっと、あくまで推測なんだけど・・・これは、精神介入するタイプの個性なんじゃないかな。そういう個性って、寝てるときとか 気が動転してるときとか、相手の精神が無防備なときにかかりやすいらしいけど、そのせいか、記憶に影響を与えることもあるみたいだよ―――もしかしたら、この部屋も今ここにいる僕らも、実在のものじゃなくて・・・精神世界というか、夢の中にいるような感覚に近いのかも。案外、実在する僕らは今ごろ、寮の自室で眠ってたりして」

「・・・な、なるほど・・・・・・?」


緑谷の口から語られる仮説に、強子は茫然とした様子で頷く。正直、そこまで頭がまわっていなかったので、彼の推察にはただただ感心するばかりだ。
緑谷出久の有する知識力に分析力、それゆえの予測の力―――ライバルとしては厄介極まりないところだが、協力しあう立場となれば、こんなにも心強いのである。


「(くやしいけど・・・“ヒーロー”してるときは、格好いいんだよなぁ・・・・・・恋愛方面になるとアレだけど)」


先ほどまでの情けない姿の片鱗はなく、鋭い目つきで周囲を観察しながら 口元に手を当てブツブツと分析を続ける彼に、強子はそっと嘆息した。
とはいえ、彼のライバルである強子としては、彼に主導権を握られっぱなしではいられない。


「・・・それで、」


気を取り直して、自分のペースを取り戻そうと強子も口を開き、きびきびと告げる。


「デクくんの推察がはたして正しいのかを確認するすべはないようだけど・・・・・・どちらにしても、結局、この状況を打開するには“条件”をクリアするしかないって理解でいいよね?」

「えっ、な・・・・・・えェえええぇえ!!?」

「ウワッ 何、うるさッ・・・!!?」


耳をつんざくような大声を正面から浴びせられ、強子は堪えきれず顔を歪ませた。


「そんっ、そんな怖いこと!冗談でも言わないでよっ!!」

「え?こ、怖い・・・?」

「僕と身能さんが、き、キキ、キ・・・っを、するなんて!たとえ冗談だとしてもそんなことかっちゃんに聞かれでもしたらもう僕、ほんと、殺される。社会的に殺される!みみっちいかっちゃんのことだから絶対に足がつかない完全犯罪で社会的に抹殺されるよ!いや かっちゃんだけじゃなく轟くんにも何をされるか!無意識なのかもしれないけど身能さんと話してるだけでも鋭い目つきで牽制してきて怖いんだから。あとなんかB組とか他クラスの人たちからも圧が強いし、校外の身能さんファンの熱もすごいし。身能さんの人気は今や全国区、すでにフォロワー数もかなりの数で、仮免ヒーローとしては異例の記録を打ち立ててるわけで!フォロワーの人たちの熱狂ぶりが半端じゃないし・・・身能さんとキッ、っき、ス、したなんて知れたら、どんな目に合わせられるかわかったもんじゃないよ!!」

「え、えっ・・・・・・なんて?」


たたみかけるように早口でまくし立てられ、よく聞きとれずに聞き返した。
すると、緑谷はハッと我に返ったように口を閉じた。それから逡巡すると、ブンブンと大きく首を左右に振った。


「とっ、とにかく!!この部屋の“条件”は、飲めない!それだけは絶対にできないよ!ほ、他の方法を考えよう!!」

「・・・」


頑なに、きっぱりと、強子とキスすることを拒んだ彼に、強子はむすっと唇を尖らせた。
信じられない・・・この身能強子とキスするチャンスをみすみす逃すなんて、とんでもない愚行だ。
言っておくが、強子とキスをかわす権利なんて、緑谷ごときじゃ、個性事故にでもあわないかぎり 到底手にすることのない栄誉だぞ?いかなる理由があろうと、こんなビッグチャンスを棒に振るなんて、あり得ない!
それに、


「他の方法って、言ったって・・・」


そんなものはないって、相澤が言っていたはずだ。無駄な足掻きはせず、さっさと条件を達成してしまうのが合理的なんだと。


「だ、大丈夫!きっと何か、方法があるはずだよっ!」


緑谷とて、相澤の言葉は理解してるはずなのに。それでもなお、キスすることを拒む彼に、強子は不服そうに眉を寄せて、きゅっと唇を結んだ。


「(―――・・・もし、一緒に閉じ込められたのが私じゃなく、お茶子ちゃんなら、デクくんの反応は違ったのかな・・・)」


ふと、そんなことを考えてしまった。
相手が麗日だったなら、緑谷はここまで頑なに拒絶せず、条件を達成しようと、前向きに動いてたんじゃないか?と。


「(・・・なんか、面白くない・・・・・・)」


胸のあたりにもやもやとした何かを感じて、強子はそっと視線を落とした。
・・・そりゃあ、雄英に入学してからの緑谷に対する強子の態度は、可愛げがあるものではなかったさ。
麗日のように、かわいらしい、正ヒロインにふさわしい振る舞いをするわけもなく・・・勝手に緑谷をライバル視して、張り合って、隙あらば見下すような横柄な振る舞いをしていた。
だから、麗日と比べれば、彼の強子に対する扱いがぞんざいになるのも仕方ない―――とは、思うけど。


「私って・・・そんなに、女としての魅力、ない?」


つい、口に出してしまった。


「えっ?」


ポカンと虚をつかれた顔をした緑谷に見つめられ、すぐに後悔した。けれど、声に出してしまった言葉はもう戻ってこない。
気まずさの中、気もそぞろに髪の毛先を指でくるくると弄びながら、強子は消え入りそうなほど小さな声で返した。


「だ、だって・・・デクくんがあまりにも、私とキスするのを嫌がるから・・・」


身能強子という人間は、麗日みたいな、まさしくヒロインと呼べる愛らしい女の子とは違うんだ って・・・そう、思い知らされたみたいだ。
強子は、“ヒロイン”として扱ってもらえる身分じゃないのだと。この世界の“主人公”様のお相手を務めようなんて、強子には、分不相応なんだ って―――


「何 言ってるんだよ!!」

「!」

「君に、魅力がないわけないだろ!!身能さんに女性としての魅力がないと思う人なんて、この世界に一人もいないよ!!」

「えっ?」


緑谷に怒るような口調で諌められ、今度は強子がポカンとする番だった。
そんな彼女に一瞬しりごみした緑谷だったが、しどろもどろになりながら、彼はさらに言葉を続けた。


「そりゃあ、君とキ、キ・・・ス、する、のは、断ったけど!それは、君に魅力がないからじゃなくて!むしろ君が魅力的すぎるから かっちゃ・・・っいや、その、身能さんと“そういうこと”をしたいと思ってる人たちに悪いっていうか、恨まれそうっていうか・・・だから遠慮しただけであって!身能さんに魅力がないとか、僕が身能さんと“そういうこと”をしたくないってことじゃないんだ!」


つまり、要するに、緑谷が言いたいのは・・・強子にキスをしないのは、まわりの目が気になるからってこと。
決して強子に魅力がないわけじゃない。なんなら、多少なりとも・・・強子に“そういうこと”をしたいとも思っている、と。


「・・・ふぅん、なんだ。そっか・・・」


なんだか口元がニヤけそうになって、強子は手でそっと口元を覆った。
もう、先ほどまでのもやもやは感じない。むしろ、長らく望んでいたものがようやく手に入ったかのような、心が満ちていく感覚すらある。


「・・・じゃあさ、」

「?」


目の前の彼を、じっと見つめる。強子より少しだけ背が高い彼を、自然と見上げるかたちになる。
そして強子は一歩踏み出して、彼との距離を縮めた。


「・・・みんなには、ナイショね」

「え・・・?」


その言葉の意味、そして、背伸びした彼女が顔を寄せてくる意味を緑谷が理解するよりも早く・・・強子の唇が緑谷のそれに触れ、チュッと可愛らしいリップノイズを立てた。










やはり、緑谷の推察は正しかったらしい。
はたと目を開けたら、強子はベッドで横になり、自室の天井を見つめていたのだから。


「おはよ―――」


朝、登校した強子が教室に入ると同時、ガタンと大きな音が教室に響いた。
何ごとかと、教室にいた全員が音のほうを見れば、すでに登校して着席していた緑谷が、椅子から落っこちていた。
無言で起き上がった彼は、カクカクとしたロボットのような動きで椅子に座り直したのだが・・・口元を手で押さえる彼の顔は真っ赤で、耳まで赤くなっているのが、後ろの席からも見てとれた。
・・・明らかに、態度が可笑しい。
しかも、可笑しいのは朝だけにとどまらず、その日は1日中、強子の名前を聞くたび、あるいは強子の姿が視界に入るたびに、緑谷は同じように顔を真っ赤にして動揺していた。


「(ウワァ、なんて露骨な・・・)」


彼がまわりの目を気にするから、わざわざ「ナイショ」と言ったのに、こんなバレバレな態度では口止めした意味がない。二人の間で何かあったのだと、誰だって察しが付くだろう。
おかげで、八百万には「緑谷さんに何をしたんですか?」と疑われたし、轟にも「緑谷となんかあったのか?」と怪訝な顔をされた。
緑谷の前に座る爆豪なんか、緑谷のあまりの挙動不審っぷりが癇に障ったらしく、修羅のような顔で緑谷と強子を交互に睨んできたくらいだ。

けれど・・・二人の間で“何か”あったと気づかれようと、“何が”あったのかは、二人とも絶対に口を割らなかった。
そう―――あの部屋での出来事は、ナイショなのだ。二人だけの秘密なのである。
だから強子は・・・未来の“最高のヒーロー”からファーストキスを奪ったことへの背徳感も罪悪感も、同時に抱いた小さな優越感さえも、己の胸だけに秘めるのだった。










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シリーズ第四弾、やっと主人公様の出番です。
連載本編では今のところ恋愛フラグが立っていませんけど、番外編でデクを希望するコメントを以前に頂いてたので、需要は少なからずあるはず!

というか緑谷、セリフが長ったらしい!!読みにくくて仕方ない!
でもね、どうしても彼のお家芸、ブツブツ喋るやつをやらせないと気がすまないのです。



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