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「#甘甘」のBL小説を読む
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「ねえ〜とみり手伝わないんなら帰ってぇ」


広げられた取扱説明書と駄菓子とジュースに、ありすちゃんが珍しく嫌そうにする。
組み立てられたばかりのベッドに布団を乗せるととみりさんはその上から動かなくなった。

眠たいらしい。

なんでもとみりさんは元々、昼夜逆転の生活の人だからこの時間に寝ているそうだ。


「おれの家で寝ずに何してたの」


起きるの早いなとは思っていたけど、逆に寝ていなかったとは思わなかった。


「やえ観察」


もうとみりさん出禁にした方が身のためかもしれない。

気持ち悪、と悪態つくありすちゃんにこれ見よがしとスナック菓子を食べるとみりさん。
新しいベッドに粉が落ちそうで、ありすちゃんが怒ってるのを楽しそうにあひゃひゃと笑う。そんな様子を眺めながら、空箱になった段ボールを畳んでいくけどそろそろ終わりそうだ。


「わーちゃん荷物少ないねえ」

「そうかな」


そう、えろ本のひとつもない。

というが、そのえろ本を基準にするのはどうかと思う。
でも確かに、必要最低限の机やベッド、椅子、あとは服が数枚ある程度でほぼ終わりだ。このだだっ広い部屋に有り余る程の荷物は、1時間もかからずに配置についてしまった。


「欲しいものはこっちで買えばいいし」

「金持ちの発想だ」

「逆にやえビンボーなの?」


とみりさんに呪いの加護を与えたい。

今度クエスト行った時絶対とみりさんだけは回復もなにもしないと地味に決意しながら、目を細める。


「ビンボーじゃないでしょ。金持ちでも無いけど」

「わたるコロス…」

「なんで!?」


ぼくフォローしたんですけど!なんて驚くありすちゃんも今度回復しないでおこう。

すでに時計の針はおやつの時間を指していて、夜は出勤だというとみりさんはもう夕方には移動しないといけないらしい。何しに来たんだこいつ、重なった段ボール崩して買ってきたお菓子食べて半分仮眠して。休日の親父、いや、男子中学生の夏休みかというほど自由。朝は、ご飯できたよーと呼ぶ以外の方法では何があっても起きてこないやつだ。
ありすちゃんが数枚しかないアウターをクローゼットにしまう。それを見てまたベッドに近づいたとみりさんは懲りないな、と思いつつ「怒られるぞ」なんて小声で笑ったら口を尖らせてベッドの縁に座るから案外聞き分けいいなと思ったり。


「……西野さんのいうことはきくのか、とみ」

「え?わーちゃんなんて。こっちでは働くの?偉いね」

「は。働きませんニートです」


ブレねえな本当に。

もう しまう物も捨てる物もなくなったダイニングリビングで、低いガラス張りの机上にパソコンを置くありすちゃん。
仕事といえばノートパソコンをよく持ち歩いているからフリーランス系なのかな?とか予想するけどそれはニートではないしなあ。


「まあ、不労所得っていいよねえ」


とみりさんの言葉に目を瞬かせる。

不労所得って働かずして得るお金であってるっけ、あまり聞き慣れない言葉にありすちゃんをみれば目を細めて嫌な顔した。


「…とみのくせに、よくそんな言葉知ってるね」

「え、お客さんによくいるし。わーちゃんもなんか生活感が似てるからそうかと」


まあ、そう。と肯定するありすちゃん。

不労所得ってどういうこと、と問いかけるとやっぱり働かずしてお金を得ることだと返された。
ありすちゃんの場合は親が土地持ちで、そこの一部を大きな倉庫に改築したことで業者に貸し出せる状態にして、その月収の一部が勝手に入ってくるんだとか。どれくらい大きいのか知らないけど、それで暮らせてるのは凄い大きいんじゃないか。


「凄いなあ」

「別に凄くないよ、誰でもできる」

「誰でもは言い過ぎだろ」

「できるよ、皆んな消費者側でしないだけ」


よく分からない言い回しに首をかしげると、ありすちゃんは言い足してくれる。


「やれば出来るけど、まず借金するって過程がないと難しいし。規約や契約書が面倒だったりするし」


額が大きいだけに詐欺やなんかのリスクも大きいし。消費者側のほうが楽だからあまり手を出そうとしないだけで、やってみれば案外こんなもんかって思うとおもう。
とつらつら語るありすちゃんに唖然としていると、ハッとして口をつぐむ。それをみてまた凄いなあと呟くと、凄くない……と同じやり取りを繰り返した。デジャヴ。


「管理職ってこと?」

「だから、職じゃないよ。管理人も経理も雇って丸投げしてる、僕バカだから」


絶対バカではないだろ、と言いたいところだけど言ったところでまた否定される。
頭の回転が速いほうだとは思っていたけど、やっぱり上手く生きてるんだなあ。尊敬の眼差しでみているおれに、なにか察したのか「やめて」と本気で嫌がるありすちゃんは立ち上がると煙草を手にとった。


「僕の家が金持ちなだけなんだから」


おれから離れてベランダに向かいながら、捨て台詞のように吐くと外へ出て煙草に火をつける。
あ、と思って煙草を止めようとしたけど。いまはゆゆじゃないから“吸ってたら止めて”の約束は無効だろうか。こっちを見ないありすちゃんの後ろ髪が、外の風で煽られていた。せめてもと思ってブランケットだけ持って近づくと、気配で感じ取られたのかベランダの戸を閉められる。

今、近づくなと言われてるようで「おいこら」とこじ開けるとまた嫌な顔された。


「も〜西野さん煙草吸わないひとでしょ」

「変な気を使うな!閉められる方が傷付くから」


ぼふ、押し付けるようにブランケットだけ渡して外の冷気に逃げるようにとみりさんの方まで戻った。

外寒そう。寒かった。
なんてやりとりして腕をさする仕草をしながら電気カーペットに座ると、カーペットも暖房もしっかり効いてることを実感する。温かい。


「わーちゃんも、家の話嫌いなんだね〜」


も。とは誰のことなのか。
雑に広げられたお菓子をひとつつまみながら、とみりさんを見れば深い意味はなさげにスマホをかまっていた。
おれも投げていたスマホを手に取り、少し考えてみるがきっと俺は家の話嫌いだなんて口にしたことないから本人のことなんだろう。本人こと、とみりさんは、静かに立ち上がると「一本ちょうだい」なんて毛布に包まりながらベランダに近づく。

そうか、あの人も喫煙者か。

いつもおれの家で吸わないから忘れかけていた。
ひらひらとベランダから手を振られるから、硝子戸越しに手を振り返してみる。

2人とも謎は深いけど地に足は着いてるんだよな。

なんだか、煙草を吸っている人たちが格好良くみえた。








「真宙さんは吸わないでね」


急なことばに、真宙さんはえっと表情で驚いたあと手元の溶き卵をみた。


「なま卵はそんなに、好きじゃ……」

「いやごめん、なま卵は吸わないね」


あらかた混ざった卵を受け取りながら、煙草の話です。といえばちょっとイメージが湧かない顔される。
パパさんも吸わないだろうし、きっと真宙さんも慣れ親しむものではないんだろう。

真っ赤なチキンライスをお椀にいれて、お皿にドーム型を作りながら楽しそうにする。
こんな子供時代があの2人にもあったかと思うと、真宙さんもいつかは煙草を吸い兼ねないんだなあと想像してしまう。



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