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出来る男は嫌いだ。だってどこの会社に行っても偉そうなんだもん。オレ様、オレ様、オレ様。この間なんか食事に無理矢理誘われて行ったら「お前オレのこと好きなんだろ?」って言われて、ホテルに直行されるところだったし。はあ?あんたみたいな勘違い野郎なんてダイッキライですけど。そう言って福沢諭吉で頬っぺたを引っ叩いたのが1週間前。そのおかげで貼られたレッテルは「高慢女」とか、笑うわ。

「どうしたんですか、珈琲がぶ飲みなんてらしくない」

定時に上がって会社に備え付けてある珈琲店でむしゃくしゃしていると、ゆったりと後ろから声をかけてきたのは数ヶ月前私と同じ部署に入ってきたこれまた出来る男。1つ上のそいつは珍しい"赤葦"という苗字で、ついでに"京"都に"治"めるで京治。今までにいなかったような飄々とした男だが、どーせこいつだって今までの出来るオレ様と同じような奴だろうからと、簡単な挨拶だけ済ませて一切関わってこなかった。

「‥らしくないってどういう‥」
「苗字さんブラックの珈琲好きじゃないでしょう」

いやいやなんでそんなこと知ってるんだ。確かに私はミルクのたっぷり入ったカフェオレ派ですけども。そうして赤葦先輩は持っていたカップを私の手前に置いて、自分は私の購入したカップを手に取って隣に座っていた。

「ちょっと、それ私が飲んでたやつ‥」
「そっちはミルクたっぷりのカフェオレですから安心してください」
「そういうことじゃなくてですね、」
「好きでしょう?」

ふわっと笑顔を見せられて言葉に詰まる。まあ別に、元々その珈琲だってさっき店員さんがカフェオレだって注文してるのに間違えて淹れられたブラックの珈琲なんだけど。でも気持ち的には苦いブラックを一気飲みしても構わない心境だったのだ。‥カフェオレは貰うけど。

「‥‥ありがとうございます」
「いえ」
「ってなんで赤葦先輩が私に敬語使うんですか‥」
「そりゃあ、俺は1つ上ですけどここでは苗字さんの方がキャリア長いですし」
「出来る男の癖に慎重なんですね」
「俺出来る男ですか?」

そりゃあそうでしょ。赤葦先輩が来てから急激に営業成績はうなぎのぼり。うちの部署の残業だって極端に少なくなったのは、赤葦先輩の仕事が早いからだと思う。それを俺出来る男ですか?そう、出来る男は皆そう言うんだろうよ。‥あれ、違ったっけ?

「俺は苗字さんの方が出来る人だと思いますけど」
「は?」
「今まで色んな尻拭いされてきたのって苗字さんですよね。相手を荒立てないように言葉を選んだり、こちらにも相手側にも不利益が出ないように走り回ったり、ミスの多い書類を最初から完璧に仕上げたり。皆が周りですごいって言ってる人は外面上手くやってるだけだと思いますけど。ここ、割とそういう人ばっかりですし」

‥え、そ、そうなの‥てか、そんなこと言われたの初めてなんだけど‥。案外とこの人、しっかり周りを見てるんだなあと思ったのも束の間、突然ばちりと視線が合ってカフェオレがちゃぷりと音を立てた。

「その点やっぱり、俺は苗字さんのこと凄いって思いますし、好感度高いです」
「そうですか、なんかありがとうございます‥?」
「それでなんですけど」
「な、何ですか?」
「俺やっぱりどうも苗字さんのこと気になってるみたいなんで、今日の夜一緒にご飯でも」
「はっ!?」

大きな声が出て、慌てて掌で口を抑える。随分と大きな声が出たものだ。っていうか気になってるって、それほぼ告白じゃないの!?

「嫌ですか?」
「いや、‥っていうか、あの、まさか誘うつもりでわざわざ、」
「そういう実は押しに弱い所もたまんないんですけど。どうですか?‥‥今夜」

そっと囁いた声は天使のようで悪魔のようで。まあ、悪い気はしないなあと艶っぽい顔を浮かべる赤葦先輩に白旗を振る。紅をのせた唇に先輩の親指が触れた瞬間、ドクンと心臓が波を打ったのが分かってなんだか悔しかった。

2017.09.19