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人見知りを通り越して人間嫌いなんじゃないかと噂されている同じクラスの苗字さんと、今回初めて隣の席になった。担任の思い付きで決行された秋の席替え。文句を口に出すクラスメイトもいれば、やったー!と大袈裟に喜ぶクラスメイトもいたが、俺にしてみればどうでも良い事だった。まあ、ぼんやり外を眺めることができる窓際の席から離れるのかとそこは少しだけ残念だったりはしたが、結局また窓際の席だった。‥席替え、とは。

「苗字さんと隣、初めてだね」
「ヒッ‥‥‥」
「え‥‥、ごめん、?」

え。折角だし挨拶くらいはしておこうと隣の彼女に声をかけた瞬間である。びくり!と背中を大袈裟に震わせた後、突然の悲鳴を零して黙り込む苗字さんに、なんだか悪いことをしてしまった気になってしまってつい口から謝罪の言葉が出てしまう。‥って、いやいや、別に俺が謝る要素はなかったのでは?まさか本当の本当に人嫌いなのだろうか。そっと顔を覗き込んでみると、冷や汗だらだらになっている苗字さんがいたものだから驚いた。‥‥というか、逆に引いた。

「‥苗字さんって物凄く人見知りって本当なんだ」

俺の発言に一瞬固まった後、ずっと見ていないと分からないであろうくらいにほんの少しの首の動きがあった。成る程、やはりそうなのかと納得せざるを得ない。ずっと下を見ているせいか、なんだか幽霊みたいにも感じてしまう。‥‥暗い。暗すぎる。ああ、だから人間嫌いだなんて噂をされるんじゃないだろうか。ていうか苗字さんも人間なのに変な話だ。

「もしかして喋れない?」

我ながら少し、意地悪なことを言ってしまったと思う。‥が。折角隣同士になったのだ、なのに隣がお化けだなんて嫌じゃないか。さらりと流れる横髪が表情を隠しているのが少し怖くて、無意識に伸びた腕で彼女の髪の毛をそっと耳にかけた。‥無意識だった。本当に。変態ではなくて本当に無意識。

「っ!!」
「あ」

触ってわかる、肌触りの良い髪質にどきり。そうして髪の毛に触れた瞬間、想像とは全く違った大きな瞳にまたどきり。こんなに大きい瞳をしているのかと、なんだか意外だった。丸く見開いた大きなそれは今俺の姿を捉えていて、一瞬だけ時間が止まったんじゃないかと錯覚してしまう。なんだ、幽霊とかお化けとか、‥全然苗字さんそんな感じの人じゃなかったんだ。

「‥勿体無いね」
「‥?」
「顔見えないの、勿体無い」

どういう意味だろう?と困惑したような顔になりながらふいと視線を逸らされたが、どうやら顔を見られたことが少しだけ恥ずかしかったのかもしれない。まあ、普段はずっと下を向いているから当たり前なのだろうか。下瞼と頬っぺたの間が少しだけ赤くなっていたのだ。

「あのさ」
「っ、」
「‥‥ねえ、もしかして照れてるよね‥?」
「や、‥‥ゃ、めて‥」

控えめに告げられた、高めで掠れ気味の声にまたどきり。へえ、そうなんだ、そういう声出すんだ。第一印象とあまりにも違いすぎて、思わずぶはって声が出てしまう。なにこの子、変な子。なのにそんな彼女に少しずつ構いたい欲が出てきてしまっているのだから、俺も大概変な奴なのかなあ、なんて。

「俺、赤葦京治。よろしくね」
「‥‥し‥、」
「ん?」
「‥‥‥‥‥‥知ってます、から‥」

ぱしりと髪の毛を触っていた掌を払われて、ふるりと震えた唇からぼそりと呟くように放たれた声に、今度はどくんと心臓が揺れた。俺の苗字と顔、一致してたんだ。ぱたんと机に伏せられた彼女の顔色がどうかなんてものは分からないけれど、つい顔を背けた先の窓に映っていた自分の顔色は明らかに赤く染まっていた。

2017.10.19