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「無理矢理一緒に入ろうって言ったのナマエじゃなかったっけ?」

いやまあそうなんですよ。そうなんですけど?曇りガラス越しに聞こえる楽しそうな低い声に、私は体に巻きつけたバスタオルを握りしめた。さっきまでちょっとテンパってたじゃん。顔赤かったじゃん!!なんでもう余裕ぶっこいてんの!!

いつも飄々とする蛍に、自分から一緒にお風呂入りたいという言葉を告げたのは1時間前。久しぶりに明日まで2人で過ごせるからという理由もあるけれど、蛍がどういう反応をするのか気になったから。‥というのも理由だ。最初こそ「はッ‥?」とか、聞いたこともない声出して取り乱してた癖に。タオルで前を隠してた癖に。なんでお風呂に入ってから正気取り戻してるんだ面白くない!

「ねえ、ちょっとまだ?」
「まだ‥だし、蛍が先に入るってずるくない‥?」
「はあ?先に入っててとか言ってたの誰だと思ってんの?僕のせいにしないでよ、人聞き悪すぎ」

ばしゃり。小さく波打った音がして、私はぎくりと後ろへ下がる。まさかこっちに来る気じゃないでしょうね。いや別に、今更見られても困るものはないし(なんたって付き合って半年)、私だって蛍を見ても困ることはないし(なんたって付き合って半年)。‥いや、困ることはないけど、今更明るい所で裸の蛍を見るなんてまだ付き合って半年の私にはかなりハイレベルな戦いだ。

「いい加減逆上せるんだけど。早くしてよ」
「うわあああ!!」

ガラリと開いた曇りガラス。そこから不機嫌そうな顔をぬっと現したのは、眼鏡をかけていない髪の毛の濡れた蛍。眉間に皺を寄せた感じまで色気を増幅させていて、ドキリと心臓が大きく動いたと同時に反動で壁にぶつかった。

「‥なにやってんの」
「蛍、風邪引くから早くドア閉めなよ!」
「ドア閉めてほしいなら早く入れよバカ」
「もうちょっとだけ時間‥」
「‥自分から誘った癖にヘタレすぎじゃない?」

バカにしたように上から見下ろす蛍の顔の腹の立つことと言ったら。プッスーという表現通り、僅かに口の端を吊り上げて薄ら笑った蛍に思わずカチンと頭にきてしまった。ヘタレすぎ?そんなのあんたも同じだっつーの!誘わないとお風呂にも一緒に入ってくれない癖に!そんな挑発に負けて、踏み出した扉の向こう。‥なんか凄くニヤニヤしてるんだけど。

「なんで大袈裟にタオル巻いてんの。今更でしょ」
「ばっ、蛍だって下にタオル巻いてたじゃん!」
「巻かない方がよかったとか?変態」
「ばかじゃないの!」
「いいから入るよ。ほら」

ふい、と少し投げやりに私から視線を逸らした蛍は、ぐいっと掌を引っ張った。ざばりと適当に被らされたお湯でタオルが体に張り付く。ダイエットしておけばよかった、‥なんて、後の祭りにもほどがあるが、そう思わずにはいられない。腹の肉が、二の腕が、足が。

「はい」
「はい?」
「タオルは取ってくださーい。じゃないとお風呂入れませーん」
「なんで!」
「ここ僕の家。分かったらさっさとして」

ぐうの音も出ない。そうしてゆっくり立ち上がって、お湯に足をつけると蛍に背中を向けた。むかつくな。今日は私が蛍を困らせてやろうと思ったのに、なんで結局こうなってしまうんだろう。タオルを一瞬にして外し投げ捨てると、ばしゃん!と思い切り沈んでやった。水飛沫により蛍の顔はさらにびしゃびしゃだろう。ざまあみろ。

「‥ちょっとっ‥いい度胸してんじゃん」
「ふん。蛍が悪いんだから。たまには私だって蛍のことドキドキさせたいのにさあ‥」
「生意気」
「ひゃっ」

後ろからぐるりと腕を回されて、背中に熱を感じた。あ、これ蛍の胸板かなと考えたのも束の間、右肩に僅かな重み。何事かと振り向こうとすれば、呆れたような長い溜息と、すぐ後に楽しそうな声が聞こえてきた。

「ドキドキしてるんだ」
「‥してる」
「そう」
「蛍は?」
「ドキドキしてほしいわけ?」
「‥‥‥うん」
「だったらもっと誘惑してくれる?」

耳元で聞こえた低音ボイスに思わず背中が震えた。こいつ分かってやってるな?ふざけんな!‥と、そんなことを言えるわけもない。私、蛍を誘惑する方法なんて知らないんだけど。振り向いた先で唇を尖らせると、その唇に触れた蛍の熱に驚いた。‥熱い。

「‥‥その顔は反則」

自分の髪の毛からぽたりと落ちてきた雫の向こうで、蛍が眉間に皺を寄せているのが分かった。いや、その顔だって反則だし。蛍の噛み付くような2度目のキスに応えながら、余裕のない彼の色っぽい顔付きをまた1つ、頭の中に刻みつけるのだった。

2017.06.16