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自分より身長の低い男は恋愛対象になるか。会話の流れでそう聞かれて私は思わず首を傾げた。え?身長は自分より高い方が良くない?だって、キスする時とか上から食べるみたいにしてほしいからさあ。そんな自分の欲を言えるわけもなく、お前はそういう奴だよなと一言、友達からの溜息と落胆混じりの声。まあ、その友達というのが私よりも身長の高い黒尾鉄朗なのだから余計に意味不明である。

「身長だけが全てじゃねーぞ?」
「いやそう言われましてもね。こればかりは好みの問題じゃないかと」
「じゃあ質問です。俺と夜久ならどっちがいい?」
「それは夜久君」
「おーいお姉サン言ってること違いませーん?」
「黒尾は胡散臭いからヤダ」

そう言うと、黒尾は苦笑いをしながら頭を掻いて机の上に座った。いやいや、誰の机だと思ってんだ、それは私の机だ。

「じゃあナマエちゃん的に夜久はアリ?ナシ?」
「‥何その質問」
「いいから」
「男友達としては夜久君最高だと思うけど‥‥まあやっぱ、付き合うとかなったら話は別じゃない?」

確かに夜久君は人懐っこい笑顔が可愛いし、とても優しいけど、私の好みには正直沿わないかもしれない。その頂点に立つ理由が身長なのだから。理想は15cmの身長差。そこから繰り出されるキスって最高じゃない?ロマンチックだし、思春期真っ盛りな女子からしたら美味しいシチュエーションだと思うんだ。そういうことを今黒尾に言うと、多分かなり大きな溜息を吐かれる気がするから絶対言わないけど。

「‥‥」

‥というか、いきなりそんな話されるとなんか‥変な勘違いを起こしそうな‥

「俺さ、夜久ってかなりの高物件だと思うんだよな」
「まあ‥‥てか、なんで急に夜久君押してくるの?」
「えー?感の良いナマエちゃんだったら少し考えればすぐ分かっちゃうんじゃないの?」

ほら。そういう風に黒尾がニヤニヤして私を見てくるものだから。ちらりと視界の端に映っている夜久君に、ドキドキだかハラハラだか心臓が少しだけ速くなった。‥夜久君、そういう黒尾がしてるみたいなお節介あんまり好きじゃない気がするんだけど大丈夫?‥そういえば、今日日直一緒だったっけ。やだなあ‥黒尾のことあとで海君にシメてもらおう。


***


「苗字さん黒板掃除やるって」
「い、いいよ、夜久君部活あるでしょ?」

うわ、声上擦ったのバレてないかな。折角1人で日直の仕事を終えようと思っていたのに、ゴミ捨てからわざわざ戻って来なくても。朝の黒尾の発言のせいだ、こんなにドキドキハラハラしているのは。あんなことさえ聞かされなければ、私は通常通りに夜久君と接することができていたのに。‥って、私も何意識しまくってんだ。

「今日昼に日誌も全部やってくれてたじゃん。部活も大事だけど、こういうことも2人でちゃんとやらないと。日直なんだから」

全く以ってその通りですね、分かってはいるんですよ夜久君。ジッと私の瞳を貫いているかのような彼の瞳に私はつい言葉に詰まってしまい、観念してゆっくりと黒板消しを置いた。ふわりと粉が舞って、ピンクと白がスカートに色付いている。

「じゃ、じゃあ‥あの、お願いします‥私花瓶の水だけ変えて‥」
「‥今日さ」
「え?」
「ごめん、黒尾が変なこと言ってただろ。‥悪い、後でぶん殴っとくから」

な ん で ば れ て ん だ よ。
てか黒尾ご丁寧に話したの?馬鹿じゃないの!?いや、全然気にしなくていい、私も全く気にしてないから!なんて慌てて顔の前で手をブンブンと振った。私より少しだけ身長が小さい夜久君は、長い溜息を吐いた後にぐっと口を閉じている。見上げる瞳が真っ直ぐで大きくて、思わずどきりと心臓から大きな音が出た。‥いや、やっぱり夜久君アリ?身長ばかり気にしている私の恋愛順位的な物が覆されようとしているのだろうか。いや、そんなことはない。私は15cmの身長差が理想なのだ。

「あの、夜久く、」
「けど、身長差なんて埋まると俺は思ってる」
「ひゃっ」

顔の真横をゆっくりと通った肌色は、黒板に届く。トン、と。そんな小さな音がしたかと思ったら、今度は目の前に夜久君の顔があった。息が触れそうだと思った瞬間、驚き過ぎたのかがくりと膝が地面へと折れてしまった。‥だって、なんか急に男みたいな顔、するんだもん‥酷い、そんなにかっこいい顔魅せるなんて。

「だから覚悟しといて」

地面に膝をついてしまったから、視線を合わせようと動いた彼の体。だけど今は、夜久君の顔は私よりも上。理想の15cm差だ。その状態でそんな殺し文句。真っ赤になったであろう顔を見て真っ赤になった夜久君は慌ててぐしゃぐしゃと私の頭を撫でると、照れ臭そうに笑った。‥なにそれ卑怯だよ。まだ2人きりの日直の仕事、残ってるのに。

2017.09.17