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「青峰君、‥あの‥」
「別に今直ぐ返事欲しいわけじゃねーから」

話し、そんだけ。そんな言葉を残し、待ち合わせていた空き教室から離れていく青峰君をぼんやりと眺めることしかできない。‥初めての告白をされたからだ、じんわりと頬が熱い。

青峰大輝君。現在のバスケ部で、エースと言われている凄い人。私はそんな凄い人と入学式で初めて出会い、中学で初めてできた友達だ。今まで友達以外の目で見たことはない。その理由は至極簡単。私は、そんなエースと言われる凄い人よりも凄い人が好きなのだ。同じくそんな青峰君がいるバスケ部で主将を務める、赤司征十郎君。彼は私の幼馴染で、私の1番大切な人。だから、青峰君の気持ちには答えられない。‥でも、すぐにそのことが言えなかったのは、友達である青峰君のことを傷付けたくなくて言葉を選んでいた、ということもあるし、‥もしかしたらこの恋心を忘れた方がいいのかもしれないと思っているからだ。

征十郎君は、とても紳士で優しくて頼り甲斐しかない私の自慢だったけれど、そんな彼は別に私にだけそうであるわけではなくて、皆にそうだった。それを最近特に痛感してしまったのは、つい先日見てしまったからである。赤司君が2人きりで泣いている女の子を慰めている所を。

小さい頃から一緒だった。小学校の1年生までは手も繋いで登校してたし、帰るのもそうだ。学年が上がるにつれて少しずつそれは無くなっていったけど、隣にいたのはずっと変わらなくて、きっと征十郎君も同じ気持ちなんだろうって、中学に上がるまでそう思っていたのに。‥彼は私以外の女の子にも良い顔をするようになってしまったのだから、きっと私に興味なんてなくなってしまったんだ。

「‥‥でも、好きとか、‥辛いよ」

青峰君の気持ちが嬉しくないわけじゃなかったし、むしろ少しドキドキはした。背が高くてかっこいいし、くだらない話しにだってめんどくせー奴だな、なんて言いながら最後まで聞いてくれる。実は優しい人だなんてことはもうよく知ってる。‥それを分かってても尚、やはり私は征十郎君が好きなのだ。結局私には青峰君の想いに頭を下げるしかないと分かった時には、既に教室を飛び出していた。

「青峰君!!!」
「、‥ナマエ」

一歩が大きい青峰君に、意を決して大声を出した。振り向いた青峰君の顔に驚きが滲んでいる。そりゃそうだ、さっきまで言葉に詰まっていた私が、息を乱して青峰君を追いかけてきているのだから。

「‥急がなくていいって言ったろ」
「だって‥!!」

伝えるのはとても緊張する。そして同時に、これからもちゃんと今まで通りに過ごせるのかという不安にもかられてしまう。でも、そんなことを考えてもしょうがないのだ。大丈夫、きっと大丈夫だと自分に念を押して言葉を絞り出すために拳を握った。

「青峰君、私‥!」
「何をしているんだ、ナマエ」


***


「ナマエ、好きだ」

誰もいない筈の教室で青峰の声が聞こえたと同時、その声で呼ばれた名前は俺の幼馴染のものだった。いやきっと同じ名前であるが別人なんだろうとタカを括っていたが、次に聞こえてきた困惑するような声のトーンは、確かに俺の知っている幼馴染の声で足が止まる。ちらりとドア越しに中を盗み見れば、頬を桃色に染めたナマエの姿があった。

別に、嫌いではない。が、幼馴染なだけの特別な感情だと思っていた。幼少期に繋いでいた手は、もう何年も繋いでいないと今更気付いたのはどうしてだろうか。つい先日、同じクラスの女子生徒に告白されたが、心臓はどうにも乱されなかったのに、今はこんなに忙しなく乱れている。青峰と、ナマエが。そもそも何故ナマエだったんだろうか。‥何故、俺のナマエだったんだろうか。

人よりも優れた物なんて何もない。でも、隣にいるだけで落ち着くことができる。そういうのはとても大事なことだと思う。唯一安らげる場所、人。だからこそだ。取られてしまうのが怖いと。‥そして、潔く気付いてしまう、彼女への恋心を。男は単純だと聞くが、身を持って知るとは多分こういうことだろう。

「青峰君、私‥!」

慌てて駆け出して行ったナマエの後ろを即座についていくと、目の前に見えたのは青峰の背中だった。そうして叫んだ彼女の次の台詞が怖かった。隣からいなくなったナマエが青峰の隣を歩いているのを想像して反吐が出そうだ。

‥もう気持ちを抑えるなんてできない。

「何をしているんだ、ナマエ」
「えっ」
「‥‥赤司」

青峰と視線を合わせた瞬間火花が散った気がした。が、残念ながら譲る気なんてさらさら無い。ナマエはもうずっと昔から俺の物なのだから。

「征十郎く‥な、んで‥?」
「青峰に譲る気はない。‥いや、青峰じゃなくてもだ」
「んだよ‥‥盗み聞きとか趣味わりーな」

ちらりと視線を下げると、頬をさらに赤く染めたナマエが唇を噛み締めていた。残念だが、俺以外を選ばせるつもりなんて毛頭無い。昔のようにするりと手を取ると、間に指を絡めて引き寄せる。それに溜息を吐いた青峰が諦めたようにまた背中を向けるのを見て、俺はナマエに向き直った。

「‥青峰が好きなのか?」
「えっ‥‥それは‥」
「俺の隣は、‥‥もう嫌なのか」
「ちが、私はっ‥」

らしくもなく口を歪めそうになるけど、それを悟られたくなくて顔を近付けた。掠めた香りは昔から好きだったから華の匂いだ。柔らかい唇は、押し付ける度に溶けそうな心地良さがある。さらりと片手で後ろ髪を梳かすように撫でると、ナマエの唇から漏れるのは愛らしい程の甘ったるい声だった。

「せい、じゅ‥う、」
「‥好きなんだ、もう、どうしようもないくらいには」

余裕なんて誰が聞いてもないだろう自分の声に1番驚いていたのはナマエだった。口に出すと、存外とても気持ち良いものだなと思ったのも束の間、ふにゃりと顔が綻んだ彼女の顔がまた近付いた。‥華の香りだ。

「‥一緒だね」
「‥?」
「でも、どうしようもないくらい好きなのは私の方だよ‥絶対」

‥青峰が好きなんじゃなかったのか?そんな俺の驚いた顔が可笑しかったのだろう。ナマエは少しだけ眉尻を下げながら違うよと首をゆるゆると振る。そんな姿にさえ心臓が言うことを聞かなくなってきているからやめてほしい。翻弄されるのは好きじゃない。‥ただ、ナマエにだったらと。好きになったばかりにそう思ってしまうのだ。

2017.06.23