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「ナマエのお兄ちゃん超かっこいいよね‥」

目の前で女子生徒に囲まれている黒尾鉄朗を見て、友達が隣で目にハートを作っていた。そうでしょう。黒尾鉄朗は私の自慢のお兄ちゃんなんだよ。‥そんな風に口に出すのは恥ずかしくて出来ないけれど、分かっているかのように友達は羨ましいんだよって私の肩を叩いてくる。痛いけれど、自慢の兄を他人に褒められるのはちょっとした優越感だ。

「あんなにお兄ちゃんがかっこいいと変な気でも起こしちゃわない?」
「変な気?」
「お兄ちゃんに恋しちゃいそう、ってこと!」
「それは流石にないかな‥」

だって、血は繋がっている訳だし。そもそも自慢出来るくらいの良き兄であって、ドキドキもキュンキュンもなんにもないんだから。そうしてふと、お兄ちゃんの後ろで隠れてiPhoneを操作している人物に視線を変更した。私の1つ上。一見ゲームマニアっぽいけど、お兄ちゃんと同じバレー部に入っている孤爪研磨君。お兄ちゃんの腐れ縁みたいな研磨君は私とも仲良くしてくれている。とても感情が読みにくい人でゲームばっかりしているけど、試合中の研磨君は物凄くかっこいい。もちろん、お兄ちゃんに負けないくらい。

「黒尾先輩がダメだったらどういう人がいいの?あんたのタイプ全然わかんないんだけど‥」
「え‥‥そう、だね‥静かで大人しくて、でも自分の意思はしっかり持ってて‥」
「‥ナマエ、それさあ‥孤爪先輩のこと‥?」
「へ?いやっ、いや、なんでそうなるの‥?」
「そのピンポイントな感じ当てはまるのって孤爪先輩のことじゃん‥あー、まあ確かに仲良いもんねえ。なんだ、恋だったんだあ。そりゃ黒尾先輩にも靡かないわ」

えっ‥?いや、別に研磨君に恋をしているわけではない、‥はずなんだけど‥慌てて否定をしようとしたけれど、その時丁度ぱっちりとiPhoneから顔を上げた研磨君と視線が合ってしまった。私とお兄ちゃんくらいしか分からないくらい、ほんの少しだけ笑ってくれたであろう研磨君は、片手をゆるりと控えめに上げると、私に向かって小さく手を振っている。あれ、私こういう時どうやって返してたっけ、手を振り返してたっけ?笑顔で返せてたっけ?訳が分からなくなって顔を逸らすと、友達の背に隠れてしまった。

「‥?」
「研磨?どうした?」
「クロ、‥‥‥ううん、なんでもない」

つい隠れてしまったけれど、耳は兎みたいにぴんと立てていたから聞こえた声。‥研磨君が、怪しんでいる。彼の発言に対してお兄ちゃんの返答は聞こえなかったけれど、私はとんでもなく恥ずかしいことをしてしまったような気がした。私、なんで隠れちゃったんだろう‥。

「自覚無しだったか‥ナマエ?大丈夫?」

大丈夫なもんか。友達の服の裾をぎゅっと掴んで首を振ると、やれやれと呆れた声がした。どうしよう、これからどうやって研磨君と顔を合わせればいいの‥?好きなんじゃない?と言われて好きだ、っていう自覚するなんて思わなかった。‥私は多分ずっと、研磨君に恋をしていたのかもしれない。


***


ナマエに避けられている。気がするじゃなくて、決定的に。

「‥おれ、なんかしたっけ‥」

考えてみても何も原因は出てこなかった。この間手を振ってからだ、なんだかナマエが変になったのは。ここ1週間程クロの家に行っても、おれが来るとそそくさと自分の部屋に隠れてしまうし、一緒にやっていたゲームもあるのに、ナマエに話しかけることもできないから中途半端に終わったままで進められていない。

「‥‥‥なんでだろ」

いつもだったら笑って真っ先に玄関に出てきてくれるのにそれもない。クロの家でご飯を食べるってなった時も迷わず俺の隣に来るのに。ゲームが下手くそだからいつも俺に泣きついて、やって見せたら凄いってキラキラの瞳を向けてくれるのに。

「‥なあ」
「なに、クロ」
「お前ら喧嘩でもしてんの?」
「‥‥おれはしてない」
「へえ」

気付くといつもナマエが座る椅子に、ガタンと音を立ててクロが腰掛けていた。さっきまでお母さんに怒られて皿洗いをしていた気がするが、もう終わったのか。

「ナマエが一方的に、‥避けてる、と思う」
「ほう?」
「なんでか分かんない‥」
「寂しいんだ?研磨クンは」
「クロ、おれ真面目に話してる」
「ごめんって。怒んなよ」

なんで顔がニヤニヤしているんだと、大きく溜息を吐いて手にしたゲーム機の電源を落とす。集中出来なくて丁度ゲームオーバーになったしもういいや。それよりも、なんで急にナマエに避けられてるのかそっちの方が気になってしょうがないから。

「今あいつ部屋だろ。2人で話してきたら?」
「ナマエ女の子だよ」
「ああ、なんだそういうこと‥やっぱ研磨もなんだ?」

は?なんの話ししてるんだって思った瞬間。クロが唐突に、ナマエのこと女の子として見てるんだって笑った顔の後ろで、タイミング良くか悪くかどこかに向かおうと降りてきたナマエと目が合った。慌てて逃げるように部屋へと逆戻りするのを見逃さなかったクロは、ナマエの腕をがしぃと掴んでおれごとナマエの部屋へと放り込んだのだ。

「クロ‥!」
「お兄ちゃん‥!?」
「お兄ちゃんこんなに気まずい2人と空気読みながら付き合えませんのでちゃんと正直に腹割って話してきてくださいね〜」

扉で隔てた向こう側から楽しそうな声が響いて、そして静かになった。おれの後ろにはナマエがいる。しかも、2人きりで。何を伝えたらいいか分からなくて、とりあえず前を向いてみる。‥視線を泳がせているその目尻には薄っすらと涙が滲んでいるように見えた。

「‥そんなに嫌になったの、」
「‥?」
「おれのこと、そんなに嫌いになった?」
「ちが、」
「‥ずっと避けてるよね、最近」

それに、今だって泣きそうだよ。そう言ったら、必死に顔を隠しながら慌てていて、‥そんな姿が可愛くてつい手を伸ばしてしまった。びっくりするほど熱くなっている頬に一瞬手が止まったけど、伏せている潤んだ瞳にまた吸い寄せられた。‥なんだ、クロが言ってたのってもしかして‥‥そういうことなのかな。

「‥研磨君の顔、見れない」
「今見れるじゃん」
「何話していいか、分からない」
「今話してる」
「恥ずかしい、の‥」
「なんで?」
「あの‥‥」
「おれのこと好きだから?」
「っ‥!!」

ぱちり。そこで初めて目が合って、僅かに睫毛が震えていた。おれのことが好き、だから?そんな自惚れていることを言うなんてどうかしている。だけど、さっきのクロの発言から考えても、間違っていないと思う。

「‥避けるつもりなかったの、でも、どうしてもダメで‥」
「じゃあこれから慣れて」
「え?」
「おれもナマエのこと好きみたいだから」

そう言ったら、自分の顔が少し熱くなるのが分かった。好きみたいだから。‥嘘、多分かなり好きになってしまってたんだと思う。でも、それはまだ言ってやらない。だっておれももう充分恥ずかしいし。

「つーわけでナマエも研磨もこっちこーーい。それ以上のことはお兄ちゃん許さないからなーー」

雰囲気のぶち壊し方が最悪だ。ドア越しで聞こえた声に思わず視線を合わせて、くしゃりと笑ったナマエの唇に自分のそれを寄せる。今のはクロに内緒ね。そうやって人差し指を立てると、何度も何度も首を縦に振ってナマエは顔を真っ赤にさせながらも嬉しそうに頷いたのだった。

2017.09.21