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「てつろ〜‥今日のお昼何食べたい‥?」
「ん〜‥」

朝の10時。久しぶりに仕事が一息ついた私は、昨日から鉄朗のマンションに泊まっている。新人指導、研修、異動、残業。そうして何ヶ月ぶりかの3連休。あまりの疲労によりなだれ込むような形で鉄朗のマンションに来てしまったが、そんな残念な私を優しく抱きとめてくれた鉄朗は、今現在私の隣でふかふかの布団に埋もれている。そして私も寝起き。寝起きから何を聞いているんだとは思うが、最初に聞いておかないとまた外食の道を辿ってしまうのだ。やだ。今日はのんびりお家でご飯食べたい。

「‥なに、今なんじ‥」

舌足らずに答えた鉄朗は、腕をぐっと伸ばして携帯を探す仕草をしている。ああ、そっち、左。ふらふらと彷徨う鉄朗の腕に私もふにゃふにゃと笑っていると、その腕は私の体に巻きついて、強引に鉄朗の胸板に押し付けられた。硬いし痛い。

「‥アレ、下着つけてないんですか‥?」
「うるさいなあ、下着取ったの誰だと思ってるの。絶対しないから下着取ってって勝手にブラ投げ捨てたじゃん‥」
「ん〜〜‥柔らかい‥あったかい‥」
「髪の毛くすぐったいっ‥」

胸辺りに顔を押し付けられて、さわさわと黒髪が擦れて擽ったくて身をよじると、なんで、いいじゃん、ちょっとくらい、なんて、普段は聞けない甘えた声が続く。こんなに鉄朗がべたべたしてくるなんて珍しいことだ。普段なら私が甘える方だから、それに対して鉄朗が受け止めてくれる。‥だからだろうか、なんだかとても新鮮で、彼がとても可愛く見えてしまう。

「も〜‥鉄朗ってば」
「なーに」
「なーに、じゃないの。今日は鉄朗のお家で食べたいから夜ご飯何食べたいか決めて?」
「出前とろ。無理。少しでもこうしてたい」
「我儘言わないの〜」
「最近ナマエずっと忙しかったし、連休終わったらまた忙しいじゃん‥」

え、あれ?もしかして拗ねてる?拗ねてるのか?最近確かに忙しくて、まともに連絡も取れなかったもんなあ。半分寝ながらちょっぴり不貞腐れている彼の顔付きに、やれやれと思う反面きゅんとしているのだから、私も相当鉄朗のこと好きだよなあ。苦笑しつつ彼の頭をぽんぽんと叩くと、顔が近付いてきて甘ったるいキスが続く。‥別にキスの催促じゃなかったんだけど、まあいっか。

「あー‥やべ、覚醒した‥」
「ほんと?買い物行く?」
「そうじゃなくて。一応昨日我慢してましたので。コッチの話し」

ぺろりと唇を舐めた鉄朗が、するりと私の腰を撫でた。いや、そっちの話しか!!でも残念ながら、私に今その気はないのだ。どっちかと言うと食材の買い出しに行きたいし、見たかった服だってあるし。3連休なんだから、外でデートが1日あってもいいと思うんだよね。そんな抵抗も虚しく、ずるずると布団の中に押し込まれている。

「ちょ‥っと、てつろ、」
「んー?」
「っ、秋刀魚の塩焼き!!!」
「‥は?」

すすすと下着に手をかけられた瞬間、つい小鳥のさえずりを掻き消してしまう程の大きな声を出した私に、鉄朗の目が丸くなった。確かにこのタイミングで秋刀魚の塩焼きという大声は、今の雰囲気に似つかわしくないのも分かっているけど。それでも、このまま流されていたら恐らく3連休の貴重な1部を鉄朗に全部奪われそうな気がするから。いや、奪われてもいいんだけど、それは一旦やるべきことを終えてからだ。

「食べたくないの?」
「‥秋刀魚の塩焼き?」
「そう」
「‥食べたいですケド。ナマエも美味しくいただきたいですケド」
「美味しくいただきたいならまずやるべきことを全て終えてからです」
「ええー‥ナマエちゃん生殺し‥」
「じゃあ服着る」
「それはダメ」

ぐりぐりとまた頭を押し付けてくる彼の姿に、なんだかでっかい黒猫でもあやしている気分になってくる。ああー‥もう、普段はへらへらしていてもちゃんとデキる奴だから、余計に心臓に悪い。私の前でだけこんな風になっているのを見ると、‥やはり私は彼の特別なんだなって思うし、それが嬉しい。

「‥ねえ、今日1日買い物に付き合ってくれたら休暇中鉄朗の言うこと全部聞いてあげてもいいんだけど」
「‥マジ?」
「うん」
「じゃあ着替えるわ」

すっく、と驚くほどキリリと立ち上がった鉄朗は、今まで微睡んでいたのが嘘みたいにスタスタと歩きだした。こいつ眠い真似してただけじゃないだろうな‥?そうしてじっとりとした目で彼を睨みつけていると、くるりと振り向いた鉄朗はしたり顔で笑った。

「とりあえず、一緒に朝風呂しようぜー」
「言うこと聞くのは買い物終わってからですー」
「ちぇ、」

ちぇ、じゃないでしょうが。寂しそうにお風呂へと向かう鉄朗は、何度か私をチラ見をした後に浴室に入って行った。‥しょうがないなあ、と私が独り言を零すまでに1分とかからないだろうということは、きっと鉄朗も分かっている。観念して溜息を吐くと、鉄朗お気に入りの下着を手に、私も浴室へと向かうのだった。

2017.06.15