▼▽▼


今日もかっこいいなあ。そう考えながらぼんやりと運動場を見下ろす。視線の先には私がマネージャーを務める梟谷男子バレー部のスタメンセッターである赤葦京治君が映っていた。ちなみに言うと1つ上だが幼馴染である。これから赤葦先輩のクラスは体育の授業なのだろうか。同じクラスの女子が羨ましい。産まれるのがあと1年早ければ同じクラスになれたかもしれないのに‥

「また赤葦先輩?」

後ろから声をかけてきた友人は、呆れたように溜息を吐きながら私の肩に腕を回す。いつものことなのだ、私が京治君を隠れてこっそり見ているということなどは。だからこそ友人も面倒くさそうな顔をして私の顔を覗き込んでいるのだから。

「てかさー‥‥何にそんなに自信ないわけ?あんた幼馴染じゃん。見てる限りあの赤葦先輩とやらも満更でもなさそうだけど」
「一応幼馴染だから‥そもそもあんな素敵な人と私じゃ釣り合わないよ‥‥」
「はあ?ふざけてんの?新学期になってナマエモテてんじゃん、なんか逆にむかつく」
「ひどい‥」

これと言って得意なことはない。人よりも突出した物なんてない。特別可愛いとか、特別スタイルが良いわけでもない。所謂普通だ。新学期に入って確かに告白は何度かされたけど、それは本当に物好きさんがいただけであり、偶々なのだ。

ぎゃいぎゃいと私の耳元で恋はああだ愛なんてこうだと叫ぶ友人は、私と同じ歳な筈なのだが。なんとか右から左に言葉を流し聞きしながら京治君の観察を続けていると、突然上を見上げた京治君と目が合った。ふっと少し笑った顔に思わず心臓が鳴る。何をするにしても無駄にかっこいい京治君。‥‥私の目が可笑しいのだろうか、友人はまだげんなりとした顔で私を見ている。

「‥あんたさあ‥」
「?」
「言いたかないけど、ナマエって黒髪で控えめだし、成績優秀で態度も優等生でまさに女子、女の子。つまり同性の私からしても羨ましいモン持ってると思うの。思うのよ!‥‥っだってのに、それがモテない訳がないんだから1回告白でもしたらいいじゃん‥つかあんな顔する赤葦先輩があんたのこと何にも思ってないわけがないと思うんだけど‥」
「ど、どうしたの‥そんなに褒められるのちょっと怖いよ‥」
「人の助言をなんだと思ってんのよ」


***


その日の部活後、いつものようにボールを片付けて雀田先輩に諸々の報告を終えると、私は一足早く女子更衣室へと向かっていた。夏だからじめじめしてて暑くて、早く帰ってシャワーを浴びたい。べたりとする首元の汗を拭いていると、目の前を黒い影が通り過ぎた。‥否、通りすぎたと思っていた。

「ぶっ」
「ちゃんと前見ないと」
「けっ‥‥あ、赤葦先輩、」

幼馴染だけど、学校では京治君と呼ばないように気をつけている私の癖はここでも発揮された。ただの幼馴染である彼に迷惑だと思っているからだ。でも彼にとってみたらどうも違うらしいということも分かっている。何度「京治でいいって言ってるんだけど」って言われたか分からない。

「京治。‥‥もう何回目?」
「だ、って‥すみませ‥ん‥あの、木兎先輩は‥」
「自主練に毎日付き合うのは俺が持たないから強制的に部室に詰め込んできた」
「そ、‥そっか」
「‥‥‥ねえ、今日俺のこと見てたの、なんで?」

ぺたり、するり。私の右手首を突然掴んだ京治君は、少し窪みがある壁に浅く腰を掛けて言った。なんで、そんなこと急に?というか、見てたら何か悪いんですか。‥なんて、そんな生意気なことを言える訳がなくて。

「むしろ、いつも見られてるのは気付いてたんだけど。‥でも、俺もナマエのこと見てたのは知らないでしょ」
「え、」
「‥好きなのは俺だけじゃないよね」

するすると掌に降りてきた京治君の指が私の指に絡んできて、熱い。私の判断が正しければ、京治君は私を好きだと言っているのだと思う。けど‥それは本気で私のこと好きだって言ってるのかな。だって‥‥私にはなんにもないのに。

「なんで、私‥」
「じゃあ、なんで俺?」

そんなの決まってる。京治君はかっこよくて、この強豪梟谷の男子バレー部でセッターを務めている2年生にして副主将。しっかりしているかと思いきや実は少し抜けていたりする可愛い人。基本的にとても優しくて、‥そして偶に意地悪で、それがまた魅力的なのだ。

「そんなわけじゃなくて‥‥ごめん、なさい‥」
「‥」

そんな私の一言で強く絡んでいた指はゆっくりと解けていくのが分かった。逃げるなら今しかないと、慌てて背中を向ける。嘘みたい、信じられない、京治君が私を好きだったなんて夢みたい。‥だけど、私が自分に自信がないばかりに、自分勝手な理由で傷付けてしまったのだ。それでも、私より相応しい人なんて京治君にはきっとたくさんいるから。私じゃなくたってきっと‥

「うぶふっ」

走り始めて数分後、またぶつかった。今度は誰に。そう考えて謝罪をしながら顔を上げると、大きく両手を広げた木兎先輩と、後ろの方になにやらそわそわとする梟谷男子バレー部の部員がわらわらと集まっていた。何事だこれは。もしかして今さっきのやり取り、見られていたとかいうことはないよね。さあっと青ざめていく額。お前なんかが赤葦と!なんて言われるのは目に見えていたから、ぎゅっと力を込めて目を瞑った。

「お前なあ!!」
「っ、」
「なんで断るんだ!あかーしのこと好きなんだろ!」
「はっ‥‥‥‥は?」

なんか思っていたのと違う。そうして周りに集まっていた先輩達も、ここぞとばかりに首を縦に振っている。なにこれ‥一体どういう状況なのか‥把握がイマイチできない‥

「ナマエなら絶対断るとは思ってたのよねー。いっつもびくびくして自信なさそうだから」
「ね〜」
「あかーしはそのままの苗字が好きなんだぞ、それは苗字だって同じだろ。あかーしはいい奴だ、苗字も静かだけど良い女‥いや、良い女子だ!胸を張れ!お似合いだ!」
「ちょっ‥ちょっとっ‥!?」
「はい後ろー。ワンスモア苗字」

突然襟元を木葉先輩に掴まれて、ぐりんと後ろを向かされて目を剥いた。気配、全くしなかったけど‥京治君いつから居たんだろうか‥。

「ごめん。逃げるの分かってたから」
「ひ、ひど‥」
「酷いのはどっち。‥俺もう限界なんだよね、この幼馴染っていう括り」
「京治、く‥」
「本当に"そんなわけ"じゃない?」

ちゃんと聞かせて。優しく諭すような声は、しっかりと私の耳に届いている。周りの先輩達ニヤニヤしながらすっごい見てるんだけど、恥ずかしいとかそういう感情ないのかな。

「‥私でいいの‥?」
「何言ってんの。ナマエ"が"いいのに」

ぽそりと呟いたのに、即座に反応した京治君は可笑しそうに笑っている。なんだか夢心地のまま立ち尽くしていると、少し歪んだ視界に大きくて長い指が優しく瞼に触れた。

2017.08.17