▼▽▼


「なんで僕がこんな所に付き合わないといけないわけ」

それ、彼女を目の前にして言うかな普通。ぼそりと蛍がぼやいた言葉に小さく溜息を吐きながら、私は紫色の朝顔が描かれた浴衣の皺を伸ばした。

夏祭り‥の時期には少し早い気がしたけど、地元で祭りが開かれるというポスターを見つけた私は居ても立っても居られなかった。こんなわくわくする行事なんて中々ないから!そう言ったら数日前に鼻で笑ったのが目の前の男・月島蛍である。一応彼氏だ。

「いいじゃん。ほら、出店もいっぱいあるし、お腹空いたらなんか食べたらいいじゃん!蛍の好きそうなのもいっぱいあるよ?」
「甘味が全部好物だと思わないでよ」
「実際そうじゃんか」

カラリ、コロリと下駄の音が鳴る。散々私が煩くした結果、明光さんが無理矢理浴衣を蛍に着せてくれたのだ。何故この弟にしてあの兄有りなのかという疑問は尽きないが、こっそりと頼んでみるものである。190を超える蛍が着物を着ると、外見の良さも相まってパーフェクト。つまり超イケメンの出来上がりだ。やる気がない顔をしているが、まあそこは大目に見てやろう。

「‥で、何したいの」

ぎゅう、と静かに繋がれる手の感覚は慣れた。そうして、ぶっきらぼうな癖にトゲトゲしく私の意見を聞こうとするのは蛍の照れ隠しである。そうか、私の浴衣姿に緊張しているんだなと勝手な解釈をして、崩れていく頬っぺたの締まり。何したいの、の言葉に私が指差したのは真っ赤に染まるりんご飴。食べたかったんだよねえ。

「りんご飴食べる為にここまで来たかったワケ?」
「うるさいなあ、金魚掬いとかもしたいです〜」
「絶対ついてかないけどね」
「ひっどい!」

300円を払っておじさんから真っ赤なりんご飴を受け取ると、徐に齧り付いた。ああ、美味しい。甘い。この飴の部分、1番大好きだなあ。

「ブッ‥ハムスターみたい‥」
「はっ?」
「そんなちまちま齧り付いてさあ。食べにくいなら家帰ってから食べれば?りんご飴って、家に帰ってから冷やして切った方が美味しく食べられるって知らないの?」
「うるさいなあ。私はこのお祭りの雰囲気を楽しみながら食べたいの!」
「雰囲気に美味しさ関係ある?」
「あるよ。蛍ってほんと分かってないな」

私の顔を見て半笑いだった蛍は、その言葉にムッとしたらしい。眉を寄せて何かを考えている。‥でも、私は悪くないもんね。このガヤガヤした雰囲気で、色んな人が楽しそうにしているのを見ながら、大好きな人と出店を回ったりする。これ以上に至福なことってありますか?‥あるかもしれないけど、これも充分幸せなんだからね!

「食べてやるからこっち向けて」
「言い方に気を付けてくださーい。生意気な方にあげるものなどありませーん」
「は?性格悪いんだけど」
「いや蛍に言われたくない。‥っあ!?」

りんご飴を持っていた私の掌ごと掴んで屈んだ蛍は、私の顔の前でガリリ、と音を立てる。有無を言わさずに向こう側を齧られたりんご飴は、蛍に食べられて少し無くなった。りんご飴隔ててキスをしたような、そんなとても気恥ずかしい感覚は私だけだろうか。

「あま」
「け、けい‥」
「‥何赤くなってんの。りんご飴と同化してんの?」
「そうじゃないし‥」
「じゃあ‥‥‥期待してるんだ?」

なにこいつ馬鹿なこと言ってるんだ期待とかじゃないし。だって付き合ってるんだからキスとかキスとかキスとか期待っていうか普通にするじゃん!それでも突然のことに心臓が大きく高鳴っているのだから、蛍の言う通りかもしれない。ぺろりと飴を舌で拭った彼の口が緩く歪んだ。あ、これ私死んだかも。

「蛍、待って、ここ外、」
「僕が甘い物好きなの知ってて挑発したんデショ?だったら大人しくして」

人混みのど真ん中で、人の視線を感じながら合わせた唇は、甘くて甘くて胸焼けがしそうだ。

「っ‥‥けい、ここじゃもうダメだから、」
「‥‥じゃあ、今日ナマエの家泊まる」

は!?調子乗んな!!‥って、珍しく蛍のそんな緩んだ顔見たら言えないんだよなあ。りんご飴新しいの買ってくれたらいいよって言ったら、今の彼なら2、3個買ってくれそうだ。あまり片付いていない家の中を思い出しながら、私は小さく首を縦に振った。

2017.06.02