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「苗字は五色のことが好きなのか」

ガラガラガラ。びしりと身体が硬直したと同時、抱え込んでいたスクイズボトルを思わず床にばら撒いてしまった。中身が入っていなくてよかった。‥って、そうじゃない。ちょっと待って。なんで1番そういうことに疎そうなこの人がそんなこと知ってるんだ、私一言だって誰にも言ったことないのに。そんな私の様子に全てを悟ったのかどうなのかは分からないが、目の前の牛島先輩は表情を変えることなくスクイズボトルを拾う手伝いをしてくれている。

「違うのか?」
「なっ‥ん、で‥」
「苗字が普段笑っているのを俺はあまり見たことがない。気付いていないなら言っておくが、五色の前ではよく笑っている」

牛島先輩、意外と人のこと見てるな。そして間違いじゃないから否定はしないが、私は五色君といる時そんなに顔付きが他と違うのか、気をつけなければ‥と、最後のスクイズボトルを渡されて小さくお礼を言いながらびくびくと頭を下げた。

五色君はいつでも真っ直ぐで、そしてかっこいい。この間だって、スパイクされたボールが当たりそうになった時、物凄い速さで五色君が飛んできて庇ってくれたし、本当に男らしいのだ。私が初心者でバレー部のマネージャーなんかやっているからか、事あるごとにいつもバレーのことを教えてくれる優しい一面も持ち合わせている。‥好きにならない訳がないじゃないか。

「‥‥私そんなに笑ってますかね‥?」
「ああ、嬉しそうだ」
「お恥ずかしい限りです‥気を付けますね‥」
「部活に支障がなければいいんじゃないのか。お前が笑っていると俺は安心する。苗字も人だったんだな」
「いや人ですし。私も牛島先輩って感情ちゃんと読める人なんだなって今吃驚しました」
「そうか」

ぼすりと頭に乗った手が大きく撫でる。‥まあ、初めてこの男子バレー部に入部出来た女子マネージャーが私なのだから、牛島先輩的にも気にはしてくれているのだろう。空気は割と読めないが、いつも何かと話しかけてくれるから。‥そうして、いつまで撫でているんだろうかと思いながらされるがままになっていると、天童先輩に何かを言われて突然ギャンッ!と後ろを振り向いた五色君と視線が合った。どきり。どうしたんだろうか‥?全部のスクイズボトルを抱え直した私は、ズンズンとこちらへ進んでくる五色君を見て、牛島先輩に視線を変える。

「何やってるんですか牛島さん!苗字さんが困ってるじゃないですか!!」
「?そうなのか苗字」
「え、いや、別にそんなことないですけど‥」
「だそうだが」
「〜〜っ!!」

頭の上から湯気が見える気がする。少し顔が赤い。かっこいいんだけど、今は凄く可愛いなあ‥なんてほわほわしていると、思いっきり頭の上に2つ分の掌が乗った重みを感じて少しだけ床にめり込んだ(気がした)。

「つっ‥つ付き合ってもいないのにこんなことしていいと思ってるんですか!!セクハラです!!」
「五色と俺が今やっていることは違わないのか」
「根本的な気持ちが違うと思います!!ね!!苗字さん!!」
「えーと‥根本的な気持ちというものが私には理解できていないんだけど‥」
「付き合ってるんですか!?違いますよね!!?」
「?苗字は今俺に付き合ってくれているが」
「ブフヒャッ」

視界の奥でお腹を抱え出した天童先輩が見えた。そうして、恐らく牛島先輩の回答は意味が違うと思う。その言い方だと、現在私と牛島先輩が恋人関係みたいに聞こえるではないか。五色君に勘違いさせてしまう。慌てて牛島先輩の口を塞ぐも時既に遅く、くりくりした目を大きく開いた五色君は一瞬にして目の前で崩れ落ちている。‥‥って、その状況一体なんなの‥五色君もしかして私のこと好き、だったりして‥?

「牛島さんと‥付き合ってるんですか‥?」
「え、あ、いや、言葉のあやというか、付き合ってるというのは多分話に付き合っ、」
「いつからですか!!?」
「さっきからだ。五色も見ていただろう」
「!!!?」
「おーい天童の腹が捩れそうになってるからやめてやれよー」

天童先輩の横で可笑しそうに笑っている瀬見先輩、貴方が止めてくれればいい話ではないでしょうかと言いたかったが、それよりもまず目の前でガタガタに崩れている五色君をどうにかしなければと慌てて座り込んだ。綺麗な黒髪にそっと触れてよしよししてみると、それに気付いた五色君の上目遣いという奇襲。か‥っわいいな‥。

「苗字さんは、‥‥うし、うしじ、‥‥。牛島さんが、好きなんですか‥」
「えっ?いや、まあ‥そりゃ好きだよ人とし、」
「そうなんですか‥好きだったらしょうがないですよね‥でも、俺がまだ頑張る意味はなくなってませんよね、だって結婚してるわけじゃないですもんね、そうですよね。牛島さん!俺はいつか牛島さんよりもかっこいい男になって、かっこいいエースになって!!苗字さんを奪いますからね!!!」

どうしよう五色君人の話聞いてない!!氷点下から燃え上がる炎にまで温度を急激に上げた五色君は、突然コートへと走って行ってしまった。このやり取りを呆れたように見ていた白布先輩に突撃しているのを確認して、多分トス上げてくださいって言いに行っているんだろうなと思わず頬が緩んだ。

「苗字は五色といる時が1番綺麗だな」
「‥‥‥。へっ!!?」

そう捨て台詞を残してコートへ向かって行く牛島先輩の背中を見ながら溜息を吐く。この人意外と人のこと見てるんだなあ‥なんてぼんやりまた考えながら、頭の中は真っ白だ。

さて。これからどうやって五色君が好きだと言うことを信じてもらおうかなあ。ぽっと赤くなっているだろう顔をスクイズボトルで隠しながら、白布先輩に叩かれる五色君を見つめて考える。‥それにしても五色君、公開告白してたの気付いているんだろうか。

‥‥って、やだ、また顔が熱くなった気がする。

2017.08.03