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「‥は、付き合ってんの?」

目をまん丸く開いた友達は、その事実に信じられないとばかりに固まった。肉まん冷めちゃうよ、早く食べなよ。その言葉に、いやそれどころじゃないなんて言いながら、大きめの最後の一口を頬張って急いで飲み込んだらしい。その後にガッと大きく肩を掴まれた。

「いつから?」
「2ヶ月前、から‥」
「ちょっと言いなよ友達なのに!‥てか、2ヶ月も経ってんの?あんたらそんな素振り全くないじゃん‥そら分かんないわ‥」
「やっぱりそう思います?」
「それに最近他の女子とかの方がよく喋ってる気がするけど」
「やっぱりそう思います‥?」

木葉秋紀。同じクラスの男子バレー部に在籍している彼のことが好きだった私は、2ヶ月前に部活終わりの彼を捕まえて、体育館の裏で告白した。相当驚いていたけれど、照れながら「おう、じゃ、‥付き合うか」という答えに、無事に晴れて恋人同士になった訳だが。‥いや、先に言っておくが、仲はよかったと思う。休み時間によく喋っていたし、帰りも部活がなかったりすると一緒に帰っていたし。その頃に少し距離が近くて恥ずかしいな、と思っていたのに、何故か付き合っている今は距離が遠いのだ。凄く、よそよそしい。

「木葉君って、本当に私のこと好きなのかなあ‥」
「好きとか言われなかったの?」
「え、あ、‥好き、って言ったら、おう、じゃあ、付き合うかって言われたから‥」
「まじか」

思い出してみたら、そういえば好きなんて言われたことがないことに今更と愕然。え、もしかして、‥しょうがなく付き合ってくれてるのかな‥?確かに前よりも喋る回数も帰る回数も極端に減ったし、部活終わるの待ってようとしても帰ってていいよって言われたし。あの時は木葉君と付き合えることに浮かれてたけど、それは私だけだったのかもしれないと思ったら‥‥やばい、悲しすぎる‥。

「あ、ナマエ、」
「ん?」

バレー部、終わったみたいだよ、あと、ほら。そんな友達の声で顔を上げると、ぞろぞろと部室から出てくる部員の姿が見えた。煩い木兎君の後ろから、楽しそうに笑っている木葉君がいる。え、一緒に、帰りたいなあ。そんな想いが通じたのか、一瞬ぱちりと目が合った。木葉君の隣にいる猿杙君が何かを耳打ちして、「うるせーよ」と言いながら木葉君が団体から離れていく。‥あ、こっち来る、?

「あー、お邪魔虫は先に帰るから、ちゃんと話してみな?」
「え、あ、ありがと‥」

お邪魔虫、なんて思っていないんだけど。隣からするりといなくなった友達の姿に、「‥よ、友達帰っちゃったのか?」って少しだけトーンの下がった声にずきりとした。嫌なのかな、そんなに、‥そんなに嫌ならなんで付き合ってくれたんだろう。私の足はそこで止まった。

「‥‥私のことそんなに嫌?」
「は?」
「木葉君、私と無理に付き合ってる?」

ずっとモヤモヤしていたことが、先程の彼の態度のせいで口からどろどろと出てきてしまう。だって、私と2人で帰るの嫌なんでしょう?私の告白を受け入れてくれたのだって、断ると面倒臭いとか、多分そういうことなんでしょう?仲が良かったなんて感じていたのは、きっと私だけだったんだろうな。そう考えたら泣きそうになってきて、どろどろしたものが口から止まらなかった。

「‥木葉君も私のこと好きじゃないと、こんなの意味ないよね」

だから、もう別れよ。そう口に出して手を振ろうと思っていた。いや、そのつもりだった。

「ちょっと待った」

ふいに上げた手首をがしりと掴まれて、不服そうな顔で首を傾げられる。なんか変なことでも言っただろうか。初めて触れた木葉君の掌は、ひんやりと冷たかった。

「なんで好きじゃないとか勝手に決めんの、‥ちゃんと苗字のこと、‥好きなんだけど‥」
「‥嘘だ、そんなの初めて聞いた」
「あー、‥悪い。言葉足りなかったの、分かってたんだけど‥ごめん、すげー緊張しっ放しで‥‥さっきも猿に怒られた、女の子は言葉にしないと不安になるんだぞって、」
「‥嘘だ」
「嘘じゃねーって、すげー好きなの。‥告白も嬉しかったし‥でも何喋っていいかわかんねえし、付き合うってどういう距離感なのかもわかんねえし、色々初めてだし‥‥あ、いや、あれだ、初めてに他意は全然ねえから、」
「ぶっ」
「オイ」

あからさまに慌てている木葉君の姿が可愛くて、つい笑いが込み上げて、噴き出してしまった。女の子目の前にしてテンパって、何を言っているんだ木葉君。少し赤くなっている頬っぺたが、照れていることを伝えてくれる。‥なんか、凄く意地悪したい気分だ。

「木葉君」
「ん?」
「私ね、もっと近い距離でたくさんお話ししたい。手も繋ぎたい。キスも‥したい」
「えっ、‥まあ、そりゃ、そりゃあな‥俺も‥」

ふいと顔を逸らして、モゴモゴとしている姿に笑ってしまう。私を2ヶ月も不安にさせた罰だとばかりに彼の左腕に擦り寄ると、びくりと大袈裟に身体を揺らした後に大きな掌で自分の顔を隠すように覆ってしまった。なんだあ、ただの照れ屋だったんだなあと、知らなかった彼の情報が嬉しくて笑いが止まらなかった。

「‥苗字って意外と積極的なんだな‥」
「え。嫌い、ですかね‥」
「や、大歓迎なんだけどさ‥」

我慢出来なくなったらごめん。そう言い残して黙り込んだ彼の姿に、ああ、よかった、と安心した。これからは少しくらいベタベタしてもいいみたい。あと木葉君、我慢はしてもらわなくてもいいんだけど。その時の彼の顔と言ったら、いつ思い出しても笑っちゃう。

2017.12.16