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明日。私は結婚をする。

‥‥って、全く実感が湧かなくて。婚約指輪ももらってないし、なんなら今日、旦那になる予定の飛雄もバレーの試合でいない。天才セッターここに現るっていう新聞は何度も読んできたし、日本代表になるのだって当然のことだと思ってきた。そんな凄い人と私は明日結婚をするわけだけど、なんとフライデーにすら一度も捕まってない私達なのだから、実感なんて湧くわけはない。そうして結婚式だって、本当に顔見知りの心許した人達しか呼んでないのだから、いよいよ緊張なんてしない。

「‥今日くらい一緒にいたかったなあ」

結婚すると決めて、式の1週間前にバタバタのお引越し。それだって私が全部やった。それこそキャッチとかされちゃったら困るだろうという個人的な配慮。おかげでこのマンションに飛雄が帰ってきても、一般人の私となんか関係なぞある訳がないという解釈に至るのだから写真なんて撮られるはずもない。外で一緒にいることはほとんどないし、‥‥でもそれってどうなんだろうか。

なんだか心が萎んできてしまって、見ていた面白くもなんともないテレビのチャンネルを変えた。そうして変えた所で、今日のバレーの試合が映っているのに気付いてピタリと手が止まる。

今日、試合の中継はこっちではないって言ってたのに。

目を丸くして画面を見ていると、丁度ストレートで試合に快勝した所だった。最後のトスのダイレクトデリバリー、高校の時に日向君とやっていた速攻そのままの形だ。バレー馬鹿だった2人が、こうやって今も日本代表としていがみ合いながらコートに立っているのだから、物凄く感慨深いものがある。‥やはり違う世界だなと、2人で決めたソファに背中を埋めた。

飛雄に「結婚するか」って言われた時は天にも昇る気持ちだった。彼が口にする言葉は、全部素直で純粋な物だと知っているから。‥でも、知っているからこそ不安になるのだ。私で良いのか、本当にここで生涯の伴侶を決めてしまっていいのか、飛雄にはもっと素敵な人がいるんじゃないのか。‥そんな風にどこまでも悩んでいるから、飛雄だって今日試合に行ってしまったんではないのか。‥という、それは流石に違うだろというツッコミをいただきそうなことまで。

『いやあ〜影山選手!最後のトスワーク素晴らしかったですね!烏野高校時代の日向選手とのコンビぶりを彷彿とさせました!』
『ありがとうございます』
『これで無事ベスト8進出が決まりましたが、この喜びを誰にまず伝えたいでしょうか?』
『そうですね。明日結婚する彼女に伝えます。今日の中継伝えてないんで』
『けっ‥‥え‥?けっ、‥結婚‥??』
『うす』
「ぶふっ」

緩くなったココアに一口だけ口をつけて、思わず吹いた。ちょっと待って、これ大丈夫なやつ‥?ドッキリかなにか‥?ポタポタと落ちる液体を拭う間もないまま、私はテレビに釘付けになった。だって、今まで苦労して周りに隠してきたのに、なんでこんなテレビで堂々と何言ってるんだ‥?うす、じゃないよ飛雄落ち着いてほしい。

『お、お付き合いされてた方がいたんですか!!?』
『うす。隠してました。彼女に迷惑かけるんで。でも明日結婚するしもういいかって今言いました』
『ちょっ‥ちょ、ちょ、影山お前何ここでバラしてんだ怒られるぞ!!』
『あ?なんで怒られるんだよ。もう夫婦になるんだから関係ねーだろ。何が悪い』
『そういうことじゃなくてデスネ‥!!』
『つーわけで、俺は明日結婚しますんで。これから堂々と街中歩きますんで。写真とかビデオとか映してもらって構わないんですけど、2人でいる時に声かけるのだけはやめてください。以上です』
『以上ですじゃねーーーよ!!!』
「‥‥」

唖然だった。ものの数秒のテレビ中継が、とてつもなく長く感じた。これ、どんな羞恥ゲームですか?お笑い番組でもハプニング大賞でも騙された大賞でもないよね?慌ててテレビ欄を確認していると、ガチャリと扉が開いた音。待ってまだ心の準備出来てない。多分顔凄く赤い。そうしてチャンネルを変えようとした時だった。

『あの、影山選手一言だけ奥様に!!』
『‥明日からよろしく』

どさり。そんな声を聞いた瞬間に落ちた荷物の音。ゆっくりとそちらへ振り向けば私と同じくらい顔を真っ赤にした飛雄が固まっていた。

「‥何見てんだよ」
「‥テレビ中継」
「‥中継ないって言ったろ」
「‥チャンネル変えてごめんなさい」

ソファの上で正座した私と、びしりと荷物を落とした直立したままの飛雄。なんだかとても不味いことをした気分になっているが、別に私に落ち度はない、‥と思う。そっと彼の顔を盗み見ると、物凄く怖い顔のままじっと私を見つめている。

「ご‥ごめ‥」
「ごめん」
「えっ」
「いつも我慢させてたのは知ってた。いつも無理言ってんのも承知の上だった。でも明日からはどんな我儘も言ってくれていいから。結婚すること絶対後悔させねえし、俺も後悔してねえ。ついてきてくれてありがとう。ちゃんとした指輪も渡せなくてごめん。世間にも言えなくてごめん」
「と、びお‥」
「でも、これからはどんな奴にもナマエのこと愛してるって言えるから」

それ、なんでプロポーズの時に言ってくれないかな。‥なんて、もう時効でいいや。鼻の奥がつんとして痛い。そうして霞んだ目元に気付いた時、慌てた飛雄が抱き着いてくるのが見えた。悪い、ごめん。‥ねえ、それもう言うのやめにしない?

明日。私は結婚をする。
目の前の、不器用な男と幸せな結婚を。

2017.06.03