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「海行きてえよな!!」

そんな木兎先輩の言葉で、合宿終わりの最後の練習が終わったその後、梟谷男子バレーボールの部員とマネージャーとで海に訪れていた。ちょっと肌寒いけど、さすが男子、というよりさすが木兎先輩?という感じだった。周りで少し寒ィ、なんてぶつくさ呟く猿杙先輩達の背中を無理矢理押して、海に突き落として笑っている。

「ちょっとなあ‥やっぱり海には少し遅かったよなあ‥」
「そうだね」
「あれ、赤葦先輩。一緒に行ったのかと」
「そんなわけないだろ、流石に付き合いきれない気がしたから逃げてきた」

1つ上の赤葦先輩。彼は2年生ながら強豪梟谷男子バレー部でレギュラーメンバーであり、コートの中枢であるセッターを務めている。最初は凄いなあと思っているだけだったけれど、いつの間にか赤葦先輩を目で追っていた。つまり、好き。好きなのだ。私は赤葦先輩が。あ、少しドキドキしてきた。

「苗字もいいの、白福さん達は海に行っちゃったみたいだけど」
「ちょっと寒いから海はいいかなと思って」
「寒い?」
「寒くないですか?」
「まあ‥夏も終わりだからね」

夏も終わり。もうすぐ秋。つまり赤葦先輩を好きになって、もうすぐ1年だ。そう考えたら私は一途だなあなんて考えてしまう。周りの友達は皆2ヶ月や3ヶ月で「もう諦めた」と口にしているのを聞いているから余計に(本当に諦めたのかは定かではないが)。寒いと少し寂しい季節になりますよねえ、と、ぼそりと呟いた声に赤葦先輩が少しだけ反応した気がした。無意識に出ただけなのだけれど、その言葉に少しだけ赤葦先輩が反応してくれないだろうかと思ったのは私の我儘。だから、ちょっとだけ嬉しい。

「寂しいんだ」
「寒いと余計に」
「こっちに来る?」
「ええ、先輩やらしい」
「苗字がそんな格好してるのが悪いんじゃないの」

じい。体操座りを決め込んだ私の隣で、同じように体操座りを決め込んだ赤葦先輩の顔がこちらを向いた。からかっているのかと思いきや、笑いつつも目は笑っていない。それはそれで怖いけど。

「それ、布地少なくない?」
「先輩達みたいに収めるものが少ないので」
「そうかな。横から見たらドキッとするよ」
「えっ」
「あ、ドキッとした?」

なんだ、やっぱからかってんのかな。そりゃあドキッとはしますよね、そんなこと言われたら。とは言え、バストがそんなにない癖に紐のビキニなんて、私も赤葦先輩に見せる為とは言え意味のないことをしてしまったと後悔しても既に遅い。近くに置いていた白いパーカーを羽織って、ネイビーの紐ビキニを隠そうとした瞬間、背中に触れたのは少しだけ冷たい温度だった。

「ひ、や‥!?」
「紐、取れかけてる」

少しだけ冷たい温度。それは赤葦先輩の掌の温度だった。赤葦君もなんだかんだ少しだけ寒いんじゃないですか?なんて嘲笑うように言ってやりたかったけれど、突然しゅるりと紐が解かれる音がしたから唇が止まった。‥待って、紐が取れかけてるだけじゃなかったっけ?

「結び直すからじっとしてなよ」
「え、ああ、そういうことですか‥」

吃驚したあ。赤葦先輩じゃなかったらぶん殴ってましたよ。例えば木兎先輩だったりしたら、問答無用でマネージャーの先輩2人に言いつけてましたよ。殆ど聞こえないような声でぶつぶつと文句を零して、早く終われと祈るように両手を握り締めた。

「そういうことじゃなかったら、どういうこと?」

低くて澄んだような声が直接耳元からすうっと抜ける。ひくりと腰が揺れたのはただの反射、そういうことではなくて。‥でもそういうことではないのに、どんどん顔が熱くなる。この人、分かってやってるような気がするのがほんのちょっぴりむかつく。

「や、めてください、」
「それ、やめてって顔してないから」
「みられる、」
「皆沖まで泳いでるよ。もうきっと見えてない」
「あか‥」
「今日くらいだったら、お互い素直になってみない?」

しゅるりと外されたままの紐のリボンは今だに結ばれてはいない。それどころか、背中に触れている少し冷えていた掌がじわりじわりと温度を上げている。合宿が終わったからって、そんな変なハメの外し方あり?

「先輩、欲望に忠実すぎます‥」
「好きな女の子の前だけだよ。苗字だって、俺じゃなかったら殴ってるでしょ」
「キャラ変ですか、赤葦先輩‥」
「苗字の前だけだって」

鎖骨の辺りに何かが吸い付いた、ような感覚の後にちくりとした痛み。なんだろうかと考える前にすぐさま理解してしまったのは、赤葦先輩が満足そうに口端を上げたからだ。な、なんだってこんな見える所に!「パーカーのチャック上げたら見えないんじゃない?」ってさらりと答えるあたり、私の水着姿を俺以外に見せないでってことなのかなあと嬉しくなった。さあ、「好き」という2文字は、どちらの口からいつ飛び出すのだろうか。

2017.12.28