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睫毛オッケー、新作のグロスオッケー、控えめの香水もオッケー。公衆トイレで自分の顔をしっかり確認した後、待ち合わせの駅へと軽やかな足取りで向かった。今日は久しぶりに、大好きな彼氏とのデートである。

付き合い始めたのは1年前。帰宅部の私と違って彼氏である侑は強豪バレーボール部のレギュラーを務めている。つまり休みなんて早々にあるわけがなく、私が1つ歳上だからか廊下ですれ違うこともあまりないのだ。つまり2人の時間はない、と言っても過言ではない。だけど、私は1つ上だから。大抵のことは余裕綽々にいいよ、なんて大人ぶってしまう。本当は会いたいし、お喋りもしたいし、一緒に帰りたいのだけれど、ほら、何度も言うけど私は彼より1つ歳上なのだから。

「ナマエ」
「侑」
「早いなぁ、待ち合わせまであと10分あるやん」
「そういう侑も10分前だよ」
「俺はええねん」
「なにそれ。ふふ、変なの」

誰が変や。僅かに私の頭を小突いて笑った侑は、自然な流れで私の手を取った。少しだけ強引に引っ張られて、ぼすりとシックな黒いスカジャンに飛び込んでしまう。痛い、けど久しぶりの侑の暖かい体温にゆるゆると勝手に綻んでいく頬っぺた。‥もう秋か。寒いはずだ。

「ナマエの格好風邪引きそうやな」
「え?そうかな」
「スカート寒いやろ?」
「許容範囲内だって」
「寒いんやんか」

ぎゅうと握られた手は早速とばかりに絡めとられている。それに気を良くした私は、さらに侑の腕に絡みついた。だって、久しぶりのデートだよ。可愛い格好したいじゃんか。おろしたてのオフショルワンピースはつい先日購入した物で、そのアドバイスは侑の双子の片割れである治君からいただいた。「さあ、スカートでも履いてきたらええんちゃう?」みたいな雑な言葉ではあったが、素直に従ってみた甲斐があったようだ。ちらりちらりとこちらに視線を向ける侑に思わず笑ってしまった。

「なに?ワンピース珍しい?」
「まあ、珍しいよなぁ、普段見いひんから」
「私服で外に出ることが少ないもんね」
「せやなぁ‥たまには部活休みっちゅうのもええもんやな」
「そうだね」

嘘。本当は1週間に1回は休みになってほしい。‥なんていう本心は隠して首を縦に振った。まあ、バレーをやっている侑もカッコイイから、私とバレーを天秤にかけるなんて子供みたいな発言は間違ってもしない。だけど、‥まあ、寂しいものは寂しい。

近くの珈琲専門店に立ち寄って暖かい飲み物を1つ購入すると、侑は買いたい物があるからと大きなショッピングモールへ向かった。行き着いた先は某スポーツショップで、どうやら新しいサポーターが欲しい、らしい。そういえばこの間電話中、スライディングしたらビリッて破れたんや〜とか言ってたっけ。

「そういえば、」
「え?」
「ナマエはどっか行きたいとかないん?いつも俺の行きたい所ばっかりやん」
「え、」
「ナマエが行きたいとこ行こうや」

とっとと会計済ませてくるわ、なんて言いながらするりと組んだ腕を解いて足早にレジへ向かった侑。ええ、急に言われても。考えが浮かぶ前に戻ってきた侑の手には購入したサポーターの袋が揺れている。‥もちろん、私にだって単純に行きたい所はたくさんあるのだ。最近話題のスイーツバイキングとか、梟のカフェとか、セレクトショップとか。‥でも、そんなのに負けないくらい、今は侑と一緒にいれるのが嬉しいから。

「侑と一緒ならどこでもいいよ」
「‥」
「えっ‥嘘でしょ、無言?」
「いや‥‥つかなんなん、その1個上の余裕みたいの‥もっと我儘言ってくれてもええんやで」
「ええ、そうなの?じゃあ、‥‥」

すぐには思いつかない。考えてみたところで浮かぶものは何もなくて、前から思っていたことをこっそりと彼の耳元で囁いてみた。それを聞いた侑の満面の笑みと言ったら。「そんなことでええの?やっすい女やなあ」なんてケラケラと笑った侑の顔がぐいと近付いた。1個上の余裕みたいの?馬鹿じゃないの、そっちの方がよっぽど余裕じゃないか。

「私の彼氏が侑だって皆に自慢したい」

別にキスしたい、とか言ってないんだけどなあ。まあでも、意味合い的には似たようなものか。一瞬ざわついた周りの中心にいるのは私と侑だ。これで満足なん?って、無理でしょうそんなの。歳上の癖に子供みたいな奴やなって笑ってくれてもいいのに。‥でも、そういう所も大好きなんだけどね。

2017.10.27