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「え、いいの?だってこれ出たばっかじゃない‥?」
「いいっていいって〜。どうせもう見ちゃったしな!」

部活終わり、いつものように校内の待ち合わせ場所に向かう。付き合い始めて1年が経つナマエちゃんとは良い関係が続いていると思う。気が利いて優しくて、ヘナチョコな俺の告白にも笑顔で答えてくれた自慢の彼女だ。

「‥あれって同じクラスの井上じゃね?」

‥そんなことを考えていた間際、隣にいたスガが目の前の光景を見てぼそりと口にした言葉より前に、俺は固まっている。同じクラスの、というかスガと同じクラスメイトだろう。俺は知らない。それよりも気になるのは、明らかに好意のある気を寄せてナマエちゃんの手に触れていること。本を渡すついでに触れているとでも言いたそうな指は、するりと彼女の手をゆっくりなぞっていた。

「あの‥井上君、手‥」
「え?なんで?‥ダメ?」
「いや、ダメ、でしょ‥」

俺は結構温厚な方だと思うし、ナマエちゃんと喧嘩なんてことも一切したことがない。言うなら手を触れることができるようになったのも実はここ最近だ。それを目の前のスガのクラスメイトだと言う男は、付き合ってもいないのにナマエちゃんの手に簡単に触れたのだ。

「苗字、彼氏いたっけ?」
「いるよ、井上君知ってるでしょ‥?」
「さあ‥忘れちゃったな〜。それより、この本と交換でデートとか。どう?」

どう、じゃない。どうじゃない。なんでただの友達でただのクラスメイトのあいつが、ナマエちゃんに気安く顔を近付けているんだと拳に力が入る。別に殴るつもりなんてない。けど、一言声をかけてやりたい気はあるし、なんならドヤ顔で「俺が彼氏だ」と見下ろしてやりたい。そんなことを悶々と考えている俺の背中を、逆隣の大地が音を立てて引っ叩いた。

「旭、男なら行け。当たり前のこと言わすな」
「‥ああ」
「旭メチャクチャ顔怖いんだけど‥井上大丈夫かな‥」
「人様の彼女に手を出す方が悪いだろ」

そう、そうだ。だってナマエちゃんは俺の彼女なんだから。大股で歩いて行くと、俺の負のオーラが届いたのだろうか、男がふとこちらを見て悲鳴を上げた。凄い顔をしている自覚はある。けれど、そうさせているのはお前なんだと彼女を遮るように改めて仁王立ち。そうしてギロリと睨みつけると、視線を泳がせた井上君は、僅かに悲鳴だけ残して後退った。

「あ、‥東峰君、だっけ‥?」
「‥‥迂闊に手、出すなよ。俺の彼女なんだけど」
「旭く‥」
「‥ナマエちゃんも。これあとで俺が本屋さんで買うから、貸し借り無し」

するりと腕の中から取り上げたそれは、ナマエちゃんが好きなカメラマンの写真集だ。なるほどそういうことかと、大きく溜息が出る。そうして渾身の力でというか、ありったけの力で井上君を睨みつけると、彼は小さく震えた瞬間足早に逃げて行ってしまった。‥でも、まだ俺はふつふつとした熱が冷めそうにない。

「‥なんで」
「え?」
「撫でられてた。ここ」
「ごめ、‥ごめんね、井上君とは中学が一緒で‥ちょっと油断してた‥」
「やめてよ。‥凄く嫌だ。危機感持って。‥ナマエちゃん自覚無いから不安」
「自覚って‥」
「最近特に可愛くなってきてるから。一層不安」

少し伸びた髪の毛を、校則違反にならない程度にゆるりと巻いていたりだとか、良い匂いのシャンプーだかボディソープだかに変えたりだとか、私服だって最近大人っぽくなったし。‥色々と突然女性に変化している気がするのだ。そんなの、俺の前でだけ見せてくれればいいのになあと思っていたが、こんなところで成果を垣間見ることになるとは思わなかった。

「‥好きな人の前では常に可愛くありたい、っていうのは‥我儘?」
「‥好きな人、」
「うん、旭君の為」

にこ、と笑ったナマエちゃんの笑顔に、思わず顔を背けそうになったが、これでは負ける気がする、と必死に固定させる。ぱちりとした二重まぶたも、薄っすらと染まるピンクの頬もぷるりと潤いの見える唇も。‥全部全部引っ括めて大好きだなあと思ったらやはり彼女には勝てる気がしない。さっき撫でられた所に重ねるように撫でると、ナマエちゃんがふる、と震えた。

「っ‥ん、」
「え、ごめ、‥擽ったかった?」
「違うよ、旭君に触ってもらえると、‥なんか、全身が嬉しいって、言ってる‥んだよね」
「‥!」
「誰に誘惑されても、旭君しか見える気がしないや‥っんう、」

ふふ、と笑った瞬間が余裕綽々でなんだか悔しくて、思わずナマエちゃんの腰を攫った俺は、頭を固定させると荒々しく唇を奪うことしかできなかった。少しずつ、少しずつ。でも確実にナマエちゃんを守れる男になれるようになるから。その意味も込めて送った長い長いキスは、ちゃんと届いていると確信している。とろんとした嬉しそうな彼女の顔が、それを物語っていた。

2017.06.24