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気付いたらもう肌寒い秋だった。めんどくせえ任務、めんどくせえ人付き合い。だが、人ってのはそんなもの歳を重ねるにつれて慣れてしまうらしい。そのいい例になっているのがまさしく俺だと思っているし、実際の所周りからも「シカマルって面倒臭いとかあんまり言わなくなったよね」と言われているというらしい、という噂。うるせえ。もうそう言えるような立場でもねえんだよ。そうやってくだらないことを考えていると、机にあった大量の書類が半分無くなった所で扉からガチャリと音がした。

‥誰だよこんな時間に。あれか、‥任務報告かなんかか。ちらりと時計を見ると、長い針の先は既に10を差していた。

「7代目ならもう今日は上がってっから報告なら明日に‥」

もう俺も帰りてえし、飯食いてえし。そういやあ今日は付き合って丁度1年目だからナマエが来るとか言ってたっけか。しまった、悪いことしたなァ‥そんなことで怒るような奴じゃないとは言え、さすがにもうすぐ日付が変わるんだ。なんか買っていくか。‥でも今の時間開いてる所とかあんのか‥?そうして視線を扉へと変えたところでひゅっと息を詰まらせてしまった。

「、っは?なにやってんだナマエ、」
「‥えと、あははごめん、6代目様に上がっていいよって言われちゃった‥」
「え、6代目まだ残ってるのか?」
「ううん、もう帰るけどって言ってた‥ちょっと買い物出てて、もし終わるんなら一緒に帰れるかなって思って寄ったんだけど‥‥まだその様子じゃ帰れないかな‥?」
「なにやってんだあの人は‥‥いや、もう片付けてる所だから。そこで待ってろよ」

左手に小さいビニール袋を下げている所を見ると、足りない食材でも買いに来ていたということだろうか。普段なら部屋の中でしか着ることがないであろう、長い丈のブラウンだかベージュだかのスカートが誘うように揺れていた。

「‥シカマル?片付けないの?」
「あ、わり、とりあえずそっち座ってろ」

いや、いやいや、待て待て。ここは自宅ではない、断じて、断じてだ。頭上にクエスチョンマークを浮かべて首を傾げたナマエから視線を外して、近くの椅子を指差した。実の所、まだ彼女との一線を越えていない俺としては今日がその時だと前々から決めてはいた。お互いが忙しい身で、そういう泊まりとか泊まりじゃないとか、一緒の部屋で朝まで過ごすことなんてことがなかったから。

‥し、別になんかそれ以外のタイミングが合わないっつーかなんつーか‥

「あのね、今日はもちろん鯖の味噌煮の予定なんだけど」
「おー、最高だな」
「まさかの味噌を買い忘れちゃって」
「ああ、だからこんな時間に出てきてたのか」
「帰ってきたら温かいご飯でお迎えするつもりだったのにごめんね」
「別に。‥まあ、来てくれて嬉しかったしな、こんな時間に出てんのはいただけねーけど‥」
「ふふ、っていうと思った」

けらけらと笑ったナマエは、3つ編みに結った髪の毛を解いて直している。その姿が妙に色気を纏っていて、片付けていた資料を手に一瞬固まってしまった。俺も健全な男だし、性欲に忠実じゃないと言えばそれは嘘である訳で。仕事を理由に、会えないのを理由に欲望は抑えてきたのだ。1年も、と言えば周りのお花が頭に飛んでる同期は目をかっ開いて驚くのだろうけど。

「あ、あと美味しい抹茶のケーキ買ってきたからご飯食べ終わったらそれも」
「ケーキもいいんだけどよ、っ」

バッ。思わず口から漏れ出た心の声に手の甲を押し付けた。ケーキもいいんだけどよ、他にも手を出したいことは山ほどあって。

不味った!
慌てて口を閉じてみてもそれは既に遅く、またしてもぱちぱちと目を向けるナマエにやっちまったと頭を掻くしかない。意味は‥‥通じてねえな、多分。よかったと思う反面、それはそれで寂しいやら悲しいやらだ。

「もしかして食べたいものあった?」

そりゃあな。俺も男だしな。好きな女には策士なんて肩書きも全然無意味なものであって、つまらないものだ。ゆるりと微笑むナマエに溜息を零すと、片付けかけの資料を一旦全部机の上に置いて、彼女に1歩ずつゆっくりと近付いた。

「ねえ、」
「ある、かもな」
「かも?」
「‥なんならここでも、‥‥俺はいいけどな」
「ここ?」
「おー‥」

どうやらまだ分かっていないらしい。そんな雰囲気を察して椅子まで近付いてみたら、無意識にか少しだけ背中を逸らしたナマエの頬がぐんぐんと赤みを帯びていくのが目に見えた。なんだよ、こいつ少しは分かってんじゃねえか。そうして逃げないように両腕を抑えて下から顔を覗いてみると、ぎゅっと瞼を閉じてピンク色の唇を震わせているものだから、つい。

かぶりつくように押し当てて、唇を挟み込んで、ほんの少しだけ舐めてみて。合間に漏れる声がとんでもなく厭らしくて、理性なんてあってないようなものだった。女の子ってどこもかしこも柔らかいんだとは聞いていたけど、本当にそうなんだな。他人事のように考えては角度を変えて、少しずつ息を乱すナマエの様子を見て楽しんでいると、ぷるぷると頭を左右に揺らしながら自分の意思を示すそれに気付いて、ほんの少しだけ唇を離してやった。

「や‥‥シカマル、待って、」
「待ってるだろ」
「‥‥なんで急にそんな、‥意地悪するの」

意地悪?別にそんなつもりはねえけどな。1年という節目で、性欲が限界になっているだけだ。ぷくっと頬を膨らませているが、別に嫌ではなさそうだしこのまま事に及んでみてもいいだろうか。

「ここ、‥火影室だよ‥」
「知ってる」
「見つかったら怒られちゃうよ‥」
「まあな」

もう言い訳なんて出てこなかった。つまりは観念したということだろう。それならまあどうぞ!そんな様子すら見える彼女を椅子から抱き上げて、残った資料もそのままに備え付けの大きなソファに向かおうとした。‥瞬間だった。

「シカマルまだ帰ってねえよな!!!」

良い雰囲気になって、このまま2人でソファに沈もうと思っていたのだ。そしたら、ボフン!!!と目の前で大きく煙が出て頭が痛くなった。大体声がアイツだ。晴れていく視界には眩しい程の黄色で、それをナマエが見た瞬間の俊敏な動きと言ったら‥なんとも表せられない。

「やー助かったってばよ!お?ナマエじゃねえか。なにやってんだ?」
「いっ‥エ!!!わ、私お先に失礼します!!!すみませんでした!!!」
「は?」
「ちょ、おい‥!」
「なんだあいつ??‥‥‥あれ?なんか俺もしかして邪魔した?っだだだだ!!!!」

‥‥ふざけんなよ俺の一世一代の行為を無駄にしやがって。影縛りで空気を読むのが遅かったナルトを思いっきり締め上げた。しかもこいつ何の用でまたここまで来たんだよ。帰ったんじゃなかったのかよ!

「今日ばっかりはナルトの言うことなんて聞かねえぞ?って朝言ったよな??」
「そんなこと言うなってばよ〜!!ヒナタと喧嘩しちまったんだ‥今日だけシカマルの家に泊めてくれ!!」
「余計にふざけんな!だったらここに泊まって仕事しとけ!!」
「そんなこと言うなって!!な!!」

いやだから無理だっつってんだろ!!!そうして火影室で暴れられること数分、結局ナマエの待つ俺の部屋へと転がり込んで来たナルトは、小さな居間へと押し込まれて寝息を立てていた。流石にこいつがいるのにそういう雰囲気にはならなくて、苦笑いをしたナマエと顔を合わせるしかできなかったのだ。

「シカマル、」
「なに」
「あの、‥また今度、しようね」

布団の中でこっそり抱きついてきたナマエの囁きに、ぐんと熱を持ってしまったそれをどうしたらいいものか。‥くそが。‥‥‥ナルトの奴、マジで覚えてろよ。

2017.09.25