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街から少し外れた民家に紛れて、場違いに大きな家が見えた。つい大きく溜息を吐いてしまったが仕方がない。‥あの大きな家に早く帰らないと怒られてしまう。肉親でもなんでもない、大袈裟に過保護な執事のアイツに。

「門限1分前ですよ」
「ぅゲッ」

腕時計を見てなんとか間に合った、とばかりに扉を開けたが、その扉を開けて目の前に立ちはだかっていた執事の姿に一瞬後退ってしまった。ていうか、1分前だろうがなんだろうが、門限内に帰ってきたんだからいいじゃないか。そもそも今日は部活が少しだけ伸びただけで、決して私のせいではないと言うのに。‥それを言った所で「だったら連絡しろ」って言うんだろうけど。

「無事門限前に帰ってきたんだから言い訳必要ないよね?」
「遅くなるなら一言くらい連絡しろって言いましたよね、俺」
「だから門限前!時計見て!門限前!!」
「もう20時です」
「そりゃこんだけ玄関で話してたらね。時間もすぎますよね」

正装に身を包んだ目の前の男は、数ヶ月前から私の家でお仕事をしている執事で、影山飛雄という5つ歳上の男だ。私は現在高校3年なので、つまり彼は丁度大学を卒業して社会人1年目、というところらしい。お仕事、というのは主に私の身の回りのお世話をすることらしいのだが、高校3年という段階で身の回りのお世話をされるとか非常に心外である。親も昔から随分過保護なのは知っていたけれど、今が旬の女子高生の面倒を若い成人男性に任せるとはどういうことなのか。少しばかり神経を疑っている所だ。

「お母さん達は?」
「今日はどちらも会食で遅くなるそうです」
「だったらその敬語いらないじゃん。気持ち悪いからやめて」
「あ"?」

いやいや。やめてとは言ったけど、そういう言い方してなんて言ってないんだけど。気持ち悪いがどうやら気に入らなかったらしい影山飛雄改め飛雄さんは、少し強い力で私の頭を片手で押さえつけると、まとめていたおだんごもろとも髪の毛をぐしゃぐしゃにさせた。飛雄さんは親がいない時だけ砕けて話してくれるけど、そうじゃないんだぞ。もうちょっと優しく声をかけるべきだ。そしてその、ずっとぶっきらぼうな顔どうにかなんないかなあ‥もうちょっとニコ、でもしてくれたら私の気分も少しは違うのに。

「気持ち悪いってなんだよ、大体いつも敬語じゃねえか」
「飛雄さん敬語似合わないもん」
「今更だろ」
「いた、飛雄さん痛い!」

ずんずんと頭にのしかかる重みに文句を言うと、頭上で不敵にニヤリと笑った飛雄さんの顔が。‥わ、笑ってんのそれ‥びびる‥。頬を引きつらせている間に飛雄さんはふん、と鼻を鳴らして台所に向かっていく。そういえばお腹空いたなあ、今日のご飯何かなあ‥なんて考えていると、私の考えていたことを察したかのように良い匂いが漂ってきた。‥まさかこれは。

「飛雄さん、今日もしかしてカレー?」
「おう。さっきシェフが作ってた」
「やった!」
「おう」

ん?おう?おかしい、なんでやった!の返しがおう、なんだろうか。首を傾げると、なんだかうずうずそわそわとし始めた飛雄さんの口周り。視線は台所に向いているし、‥もしかしてこの人、カレー好きなんだろうか?でも飛雄さん執事だから一緒には食べないと思うんだけど‥。

「‥飛雄さんもカレー食べたいの?」
「まあな。温玉乗ってるといいよな」
「っぶ!!」
「オイなんで笑った」

そら笑うわ!執事服着た顔面真面目の口から温玉カレーが好きとか笑うでしょ!少しだけむっとした飛雄さんがなんだかとても可愛く見えてきて、しょうがないからシェフにお願いしてきてみようかなと考えていると、目の前からそんなシェフの姿が見えて駆け寄った。‥後ろから飛雄さんがついてきている気配がしたけどまあいいか。

「ねえ、今日飛雄さんの分も用意してくれない?一緒に食べたいの」
「!」
「ああ、まあ‥お嬢様がそういうのでしたら‥今日はビーフカレーなのでたくさんありますし」
「び!!ビーフカレー!?なんで!?ポークじゃないんすか?!」
「「えっ」」

背後から聞こえた声にやっぱりついてきていたかと思ったと同時、ビーフカレーという単語にやたら反応した飛雄さんはシェフに詰め寄った。別にビーフでもチキンでもポークでもなんでもよくないか?と思ったけれど、いつもド真面目な飛雄さんがポークの方が美味いすよ、こう、なんか分かります!?って語彙力不足になりながら語るのを見て、こんな可愛い一面あるんだなあと、2人の間には何も口を出さなかった。

「大体ビーフってなんなんすか!!」

その発言に、また「えっ」てなったシェフ。飛雄さんって実は頭弱い‥?笑いそうになって彼の顔を盗み見ると、思いの外真剣な顔つきだったから笑うのはやめた。それよりも今ポークカレーの良さを説明した所で、今日の晩御飯がビーフカレーだということは変わらないと思うんだけどなあ‥。ああ、お腹空いた。

2017.11.09