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「コーチ、‥皆帰りました‥?」
「‥おお、苗字じゃねえか。どうした?」

坂ノ下商店の扉を恐る恐る開けてみると、そこにはいつもの賑やかな人達の姿は無くて安心した。最近日向君達が入り浸っているから中々部活の後に会いに行くことができないから困っていたけれど、今日はゆっくり烏養コーチと過ごせそうだ。

「肉まん」
「あ、ありがとうございます」

約半年前から私とコーチは皆に内緒で付き合い始めた。告白したのはもちろん私からだったけれど、烏養さんもバレー部のマネージャーとして入部して間もなかった私のことが気になっていたらしい。でもやっぱり皆には公表するのはやめておこうってなって、今に至るというか。それでも私は烏養さんと付き合えることができるならなんでもよかった。‥よかったのだけれど。人間というのはやはり欲深く、最近中々2人きりになれないことに少し寂しくてつい此処まで来てしまっていた。

「なんかあったのかよ、わざわざ来るなんて」
「迷惑でした?」
「そんな訳ねえだろ。ちょっと心配しただけだ」
「へへ」
「なんで笑うんだよ」
「心配してくれるの嬉しくて」
「はあ?」

わけわかんねー奴、なんて言いながら頭くしゃりと撫でた後、するすると頬っぺたに降りてくる手。私は猫じゃないんだけどなあ、なんて思いながらも優しい掌が愛おしくて擦り付いてしまう。肉まんも烏養さんの手も温かくて好きだなあ。やっぱりこっそり来てよかった。

「‥もしかしなくても寂しかったとか?」
「もしかしなくても寂しいですよ。いっつも皆いるんですもん」
「まあしゃーねえだろ。お前もそこら辺分かってくれてるから俺は助かってるよ」
「‥烏養コーチは寂しくないんですか?」
「‥‥‥‥そーいうのは男に言わせんなバカ」

ほんのり耳を赤く染めた後、吸っていた煙草を灰皿に押し付けて立ち上がったコーチは「そろそろ閉めるか」なんて言いながら煙を吐いた。え、も、もう閉めるの‥?早くない?時間的にはまだ21時前だから閉店には早いのに。折角来たのにもう帰れって言われてしまうと寂しさ倍増なんですけど!そう言いたかったのが顔に出ていたのだろうか、コーチは薄くふって少し笑った後にシャッターを下げた。

「もう帰るぞー‥って言われるかと思ったか?」
「だってお店閉めるの早くないですか‥」
「たまにはな。‥‥ナマエと久しぶりに2人で過ごせる時間も大事だろ」
「!」
「俺も結構寂しいんだからな。‥‥って、一々言わせんなよ。ホラ」

シャッターを下げた後、椅子に腰かけたままの私を立ち上がらせてそのままぎゅうと抱き締められる。普段言われなれない名前呼びに、不覚にも心臓が音を立てた。うわあ、煙草の匂いもするけど、コーチの匂いもするなあ。服越しで見たことなんてもちろんない胸板とか見えない筋肉に、凄くドキドキしてしまう。

「飯食う?今日皆出てるからまだ帰って来ねえけど」
「え、‥‥いいんですか‥?」
「別に、‥‥少しだったら全然‥」
「烏養さん、段々顔赤くなってきてますけど‥」
「うるせえ。早く肉まん食べろ、飯にすんぞ」

貴方に抱き締められてるから上手く食べられないんですよ。そう言いたかったけれど、言ったらきっと離れてしまうからそれも寂しくて。よかったら半分食べませんかって声をかけて見上げてみたら、俺今、お前でいっぱいいっぱいだからって口元に煙草の味がした。

「‥なんだよ」
「あの、‥もう1回」

ふは。私の1番好きな顔で笑ったコーチは、名前でちゃんと呼べよと言いながら押し付けるように口付けた。ああ、私も結構お腹いっぱいだなあ。今日はもう少しだけ、いつも以上に。‥甘えてみてもよさそうだ。

2017.11.09