「こんな無法地帯にマネージャーいないとか‥誰が勝手を止めてたんですか‥」
「まあ岡村辺りがな」

岡村って誰ですかと質問してみた所で、荒木先生からニヤついた笑顔が返ってきた。休憩に入った男子バスケ部の部員達が、私の買ってきたチョコレートを手に体育館で体を休めている。

「‥その笑顔はなんですか。マネージャーなんてやりませんよ。今日はいきなり意味も分からず呼び出されただけですから」
「向いてると思うんだよな、マネージャー」
「人の話聞いてます?」
「冷静沈着というか、悪い言い方すると冷めてるんだけどそこが買いだ。スカウティングも上手くやれそうだし、変な話アイツ等との一線もちゃんと引けそうだし、何より選手達のコンディションの管理も任せられる」
「任せないでください。やりません。休憩終わったら帰ります」
「まあそう言うなって。ちょっと見学して行け。岡村!コイツ見学させるぞ!」

荒木先生の声に、もぐもぐとチョコレートを頬張っていた岡村と呼ばれた男子生徒が困惑しながら首を縦に振った。いや空気読んで断ってよ。夜ご飯まだ全部食べてないんだから。

「真梨ちんマネージャーやるの?」
「やらな‥‥って、紫原君いつの間に隣に‥」
「雅子ちん女子マネ取らないって言ってたのにさ〜。ま、オレは真梨ちんなら歓迎だけど」

雅子ちんって誰ですか。そう聞こうとしたが、ギロリと睨む荒木先生の顔が見えてやめた。そういえばあの人、雅子って名前だったなあ。紫原君怖い物知らず。

「‥マネージャーはお菓子作り担当ではありませんよ、分かってます?」
「雑用担当でしょ〜、知ってる」
「それは他の部のマネージャーに失礼では」
「マネージャーが雑用担当になるかどうかなんて、その人次第でしょ」
「?どういうことですか?」
「オレが中学時代にいたマネージャーの子は、少なくともチームの一員だったし」
「‥」

そんなに信頼の置けるマネージャーがいたのか。私の部にはマネージャーなんていなかったから感覚がよく分からないけど、そうやって思えているのは恐らく、というかきっと凄いことだ。でも一瞬だけ紫原君の顔がぼんやりとしていたのはどういうことなのか。

「真梨ちんは後者っぽい気がするけど」

ほんの少し笑いながら言った紫原君の言葉に、かくんと首を傾げた瞬間、その一瞬のぼんやり顔は私の頭から消えてしまった。













「走れ走れーー!!休んでる暇ねーぞ!!」

激しい運動量。私にはとにかく体育館の端から端まで言葉通り走り回っているようにしか見えない。顔くらいしかない一つのボールの為に、コート内で10人が血眼になってるって実はシュールだよね。でも、見ていて誰もそう感じないんだからスポーツって面白い。‥そんなの、私だってよく知ってる。

「あの3人はもう大丈夫そうだな」

「水分補給もさせましたし、柔軟もしっかりさせました。でも今やっている運動量をこなすには‥体力を上げること以上に、本人達の気力ですね」
「‥紫原か」
「臆病。消極的。そういうのが1番必要じゃない物だと思います。‥ただの持論ですけど」

先程コート内に送り出した、3人の新人1年生のビビリ具合を見て私は溜息を吐いた。‥ダメだ、また怪我しそうな気がする。これで紫原君がとどめを刺せば、あの3人は部活に行き辛くなり、最悪辞める結末も見える。‥気がする。まあいいんだけど私関係ないし。

「‥あの、私そろそろ帰ります。夜ご飯まだ食べきれてませんし‥」
「そうなのか。いや今日は助かった。また電話かけるから頼むな」
「もう電話かけてこないで下さい。‥と、福井先輩にもお伝えください」
「あ、あとお前にこれ渡そうと思ってたんだ。待っててやるから気持ちが固まったらいつでも持って来い」
「なんの話ですか?」

眉間を寄せて、私の話を全く聞いていない荒木先生の方にくるりと振り返れば、プリントを1枚手渡されて目を剥いた。いやいやいや。見間違いか、夢なのか。今までの私の声は果たして届いていたのか。"入部届"と書かれたそれには、入部希望する部活の欄の所に荒木先生の丁寧な文字で"男子バスケット"と記入されていた。

これは他人が勝手に記入する紙だったであろうか。‥否、そんな筈は無い。

2016.11.26

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