制服に着替え直して、普段通学には使わない自転車に乗って、なんとなく近くのコンビニでチョコレートを買って、欠伸をしながら陽泉高校の体育館に向かった。なんで呼び出しなんかされないといけないのか、しかも福井先輩に。というか、荒木先生に‥?まあどっちでもいい。体育館には電気がついていて、ボールの弾む音が聞こえていて。ああ‥帰りたい。着いてから思ったけど、私なんで来てしまったんだろう。まあ理由はなんとなく分かっている。後が怖いからだ。

そして体育館へと静かに足を踏み入れた瞬間、端の方で床に転がっている男子生徒が3人見えた。しかし周りは"我関せず"というように練習を続けていて、荒木先生が3人の様子を見ているのか、体育館を駆け回っている他の部員に喝を飛ばしながら、転がっている男子生徒の足の膝を抑えて足の指を上向きに曲げていた。

「‥‥つったんですか?足」
「やっと来たか。お前、そっちの奴頼む!」
「へ」
「急に足が痛いって言い出してな、新1年だからハードな練習量に耐えれなかったんだろう」
「運動するのが初めてじゃないでしょうに‥‥ってまさか私を呼んだのってこの為‥」
「生憎ウチはマネージャーがいなくてな。偵察班ってのがいるが、今日は文字通りそいつらも他校の偵察しに行ってる。手の空きがいないんだ。いいから手伝え!」

ヤバいこの人について行ったら絶対仕事に追われる。‥そうは思ったが、目の前に広がる屍を見過ごせる筈もない。小さく溜息を吐くと、痛みが酷いらしい生徒の足を掴んだ。‥痙攣、痛々しいな。

「ハードな練習はまあ別にいいですけど‥君達ちゃんと水分取ってるんですよね‥?」
「「「‥‥」」」
「ちょっと、それは自業自得過ぎるんじゃ‥小学生じゃないんだから自己管理くらいしてくださいよ」
「‥紫原が怖過ぎて、水分取ってる余裕なんてなかったんだとよ」
「はあ‥?」

紫原って、あの紫原君‥?言葉の意味を理解できなくて、隣のコートでパスを貰ってゴールを決める練習をしているらしいメンツに目を凝らす。改めて思うが、平均身長高い。ドカドカとゴールを決めていく部員達のスピードが極端に速い‥‥気がする。特に、出来る組?は速い。なんとなく、レギュラーメンバーが分かる。でも、それについていけてない人も勿論いた。

「あー‥トロトロしないでくんない?後ろ詰まるしこっちのリズム狂うし邪魔なんだけど」
「ご、ごめ‥っ」
「あのバカまた‥っ!」

ついていけていない人は無理なフォームになるのか、足元が崩れてゴールにボールは入らない。‥これが理由か。疲労が溜まっている上、無理な姿勢は負担になる。絶対に怪我をする訳ではないけど、怪我をする確率が上がる。そしてあの紫原君の追い込み方。‥‥少し、怖い。というか、紫原君ってあんな顔するんだ。意外。

「マジお前はなんでそういう言い方すんの」
「紫原、1人1人の能力は違うし、バスケ部に入って間もない奴もいるだろ。無駄な圧力かけるんじゃない!」
「はァ?雅子ちんちょっと甘いんじゃないの〜?オレには超厳しいのに」
「監督と呼べ!つってんだろうが!!」

先生の言葉遣いじゃない‥。足の指を曲げていると、どうやら痙攣が治ったらしい生徒が涙目になっていた。水分取ってないとか、馬鹿じゃないの。ていうか水分くらい取らせなさいよ。周りも馬鹿じゃないの。それにまず、

「怖いから水分取らないってなんなんですか、馬鹿じゃないんですか?」
「っ‥だってよお、やっと一つメニューこなしたと思ったら、もう周りは先に進んでるんだ‥こんな、初期段階の練習で‥しかも、紫原、超コエーし‥」
「‥はぁ‥‥。運動する以上、水分は必ずどこかで取ること。喉が渇いた時点で脱水が始まってる証拠なんですから。室内で熱中症だって有り得るんです。下手したら死にますよ」
「‥‥」

何も言わなくなった男子生徒に、近くにあったペットボトルを渡す。誰のか知らないけどそんなこと知るか。3人分の処置を施して、未だガミガミと怒る荒木先生の元へ足を運ぶ。紫原君やレギュラーっぽいメンバーは大丈夫にしても、こんな練習して体に良いわけない人もいる。

「荒木先生」
「なんだ、どうした」
「練習一時中断してください、無理をしてる人がいます」
「なんだ、アイツ来てたのか」
「‥アレ、なんで真梨ちんがいんの〜?」
「紫原君、自分の能力と体力が普通だと思ったらダメですよ。周りが死んじゃいます」
「そんな簡単に死なないし。つーか何しにきたの?お菓子?」

目敏い。

「‥とにかく、休憩してください。皆さんにチョコレート買ってきたので」

そう言った瞬間の紫原君の顔と言ったら‥。そんな私と紫原君の様子を見ていた荒木先生が、竹刀片手に少し笑った気がした。

2016.10.05

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