あの日以来、男子バスケ部と関わること以上に、監督の荒木先生との交流が増えた。何故そうなった。今もこうやって体育の授業終わりに声をかけられている。というかこの学校の教師で、専門教科は体育だったのか。よくお似合いです言わないけど。

「お前体操以外はてんでダメなんだな」
「頑張ってるので評価下げないでくださいね」
「教師に釘を刺しておくとは何事だコラ」

ガシッと頭を掌で掴まれてわしわしされた。痛い。そういえばつい最近知ったが、荒木先生は元日本代表選手らしい。バスケの。もちろん女子の。‥なんて考えていたら掌の力が強くなった気がする‥‥何にも言ってはないのに。

「それで本当に体操やらないのかお前」
「だからやれないんですって」
「体操部の坂巻先生が嘆いてたぞ。金の卵がお菓子ばっかり作ってるって。お前もう怪我は治ってるんだろ」
「‥」
「まあ1回大怪我したら再発もなくはないが」
「というか、会ったら会っただけその話するのやめません?」

ってか分かってるなら言わないでほしい。あの痛みと悔しさを体験するのは1回だけで充分だし、あの頃とは違う現在、私以上に優秀な選手なんていくらでも転がっている。ブランクには勝てない。とも思う。

「毎日暇だろ」
「暇?勘弁してください、毎日毎日新作のお菓子作りに没頭していて暇なんてありませんよ。とても忙しいです」
「女子力高めすぎだろ‥で、黄金時代を駆け抜けてきたお前に私から1つ提案があるんだが」
「提案をする意味が分からないんですけど‥」
「ウチの部のマネージャーやらないか?」
「????は?????」













「バスケのルールも知らない私に何を言ってるんですか?荒木先生、正気の沙汰とは思えないですけど」
「真面目に言ってるんだよ。バスケのルールとかは別に今知らなくてもいい。マッサージとか得意だろ、お前。体操やってたなら柔軟とかも詳しいだろうし。それに、紫原がやる気になる得意技を持っているお前がいればチームの士気も上がる。ま、ちょっと悪どいやり方だが。考えといてく「やりません」ちょっとは考えろ!生徒の前に年下だろうが!」


チーン。オーブンの音で我に返って、近くに置いていた淡いピンクのミトンを手にはめた。今日の夜ご飯のミートグラタンを取り出して、あとは自家製パンとコーンスープと‥と考えかけてショックを受ける。ミートグラタンの上にチーズを敷き詰め忘れた。最低だ。全ては荒木先生のせいだと溜息を吐いて、冷蔵庫に入っていたとろけるチーズを熱々のグラタンの上に乗せる。あーあ、見た目が悪くなった。

陽泉の受験を決めて両親に話した時、「体操はもうやらないの?」とは聞かれなかった。陽泉高校に体操部はあったけど、然程強い訳でもなかったからだ。それにあの2人は私のことをよく分かってたし。その代わり、というわけではないけど、今は双子の弟2人が中学で体操をやっている。姉貴の代わりにオリンピック出てやるぜ!なんて豪語していたのが少し懐かしい。そんな2人だが中々芽が出ないらしく、3日ほど前に本人達からメールがきていた。「折れる」と。それで折れるならそこまでだね、と送ったら今さっき「やっぱ頑張るわ!」とメールが届いていた。良いことだ。

「マネージャーなんてやるわけないのに」

とろりと溶けてきたチーズにぼんやりとしながらスプーンを突っ込むと、一口食べて悶絶した。アッッッツイ!さっきから凡ミスばかりだ!!荒木先生のバカ!!(本人の前では言えないけど)

「‥‥ん?」

火傷した舌を手で扇いでいると、ヴーヴーとiPhoneが震えていた。誰だろうと手に取ってみれば、知らない携帯番号が映し出されている。うわあすごく取りたくない。後でLINE検索して誰なのかを突き止めてから電話しようっと。そう考えていたが、1度止まっても電話はかかってくる。しつこいなあ。

「‥‥もしもし」

6回目のコールにて、私はとうとう痺れを切らし通話ボタンを押した。知らない声だったら切る。すぐ。

『やっと出やがった!お前早く出ろよ!』
「さようなら誰だか分からない人」
『ふっざけんなバスケ部の福井だよ切んな!監督がお前に電話しろって言うから!とりあえず体育館来い!今!すぐ!』
「福井、‥先輩ですか?バスケ部の?いや‥え?なんで私の番号、」
『説明は後!』
「や、今19時‥」

その後、ブチッ。っと電話が切れた。‥何故私が切られる側なのか分からないが、少しムカついたのはしょうがないと思う。

2016.09.08

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