「うっめええええ!!!」

お昼休憩中の体育館に男子の奇声が響いた。私が持ってきていたアップルパイの入ったカゴバッグにバスケ部が群がっている。どう見たって地獄絵図だ。

「女子からの‥手作りのアップルパイは‥こんなに美味いんか‥!!」
「少なくとも人によると思うけどね〜」
「真梨ちゃん天才アル」
「これで礼儀正しかったら超モテるだろうに」
「ちょっと〜、オレが真梨ちん連れてきたんだかんね〜?一人一切れにしてよ〜」
「お前いくつ食べるつもりじゃい!」

細目の中国人(?)がいつの間にか私を名前で呼んでいるのは何故だ。私は貴方の名前すら知らないというのに。そして例の金髪さん、さりげに失礼なこと言ってたよね。無駄にいい笑顔むかつく。

「‥あ、アレだろ、こないだ敦が食ってたクッキーもお前だろ」
「というか貴方誰ですか」
「福井健介だよ!話の腰折るな!」
「クッキーは確かにあげた気がしますけど」
「今すぐにでも先輩への敬意ってのを叩き込んでやりてえ」

どうやらこの怖い人は福井健介と言う名前らしい。そんなに怒ってたら血管切れちゃいますよ‥とは言えるわけない。本当に色々と叩き込まれそうだ。溜息を飲み込んでストレートティーを口につけていると、半分程中身がなくなったカゴバッグが浮いた。浮いた、というより持ち上げられた、が正しいが。

ぼすんと私の隣に座り込んでカゴバッグを抱え込み、中身をもっさもっさと食べ始めたのは、私を拉致した張本人、もとい紫原君だった。身長が高いから、座ったって結局見上げてしまう。首痛い。

「次はバウムクーヘンがいいな〜」
「何さらっと要望してるんですか‥折角公園で食べようと思ってたのに‥」
「一人で全部食べようとか真梨ちん太るよ」
「全部とは言ってないですよ。残ったらもちろん次の日学校に持って来ようと‥」
「じゃあ結局オレが食べるのが早いか遅いかだけじゃん。結果オーライでしょ〜」
「いや結果オーライなのは紫原君が思ってるだけなんじゃないかと思うんですけど‥」

まあ、美味しそうに食べているから良しとしよう。むぐむぐむぐむぐ、あっという間になくなっていくアップルパイは、紫原君の胃の中に収まっていく。‥そんな幸せそうに食べられると、なんだか逆に照れてしまう。この前も思ったけど、本当に食べるの好きなんだなあと、無意識に私の喉がなった。自分で作ったのに余計美味しそうに見えるのは紫原君の食べっぷりのせいだ。

「なーに、食べたいの?」

そんな私の様子に気付いた紫原君はゆるりと首を傾げた。いや、食べたいの?っていうか、元々私の物なんですけれども。

「だってそもそも私まだ食べてないんですよ」
「早く食べないとなくなっちゃうよー。ハイ」

誰のせいだ。そう言おうと口を開けた瞬間、紫原君が食べていたアップルパイの残りをずぼ、と口の中に入れられた。‥なんだろう。色々言いたいことはあるが、女子の口にそんな雑にアップルパイを入れていいと思っているのだろうか。

「ひょ、むあはひはらふ、」
「あ、口元にクリームついてる。勿体なー」
「や。わはひのへいひゃにゃ‥」

ぐい。大きな手が私に伸びて、口元左を親指が拭った。驚いて隣を見れば、紫原君がその親指を舐めとっている。‥この人今何やった‥?思考が追いつく前に、逆の腕が私の頭の上に伸びる。わしわし、と大きな手がなんだか心地良い。‥じゃなくて。

「‥なーに、真梨ちんちょー顔真っ赤なんですけどー?」

てか口ぱくぱくしてるけど金魚?なんて面白可笑しく小さく笑った紫原君は、然程気にすることなく残りのアップルパイに手をつけた。この人に関しては本当に勿体無い精神でやったことなんだろうけど‥‥

「そんなに女子と仲睦まじい姿をワシに見せつけたいんか‥?何故アイツはそんなにモテるんじゃ‥!」
「岡村大丈夫だって。アイツは見せつけてるわけじゃねえよ、可哀想にモテねえお前の妄想がそう見せてしまうんだ。つまり誰も悪くねえ」
「配慮はないの!!?」

2016.08.18

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