休日は暇だ。そう思うのも無理はない。私は小学校のクラブ活動から中学校の途中まで体操をやっていたし、それこそ朝から晩まで練習して毎日を過ごしてた。お菓子作りはそんな忙しい合間の息抜き、というか、趣味。本当に趣味止まりだった。

全中の本番、着地と同時に大怪我をするまで。

「できた」

オーブンから香る林檎の匂いが思考を現実に戻してくれる。思い出すだけで、悔しくて、痛くて、苦しい。大好きだった床運動も、あれから一度としてやっていない。

「紫原君今日もバスケットやってるのかなあ」

なんて、無理矢理に近い突拍子もない言葉が口から出た。土曜日というのはまさに、部活の為にある休日だから。1人で家にいると昔のことを思い出すばっかりで正直気が滅入る。だからこそ、趣味のお菓子作りはいつの間にか特技になり、友達にせがまれるようになり、その流れで高校はなんとなく製菓に力を入れている陽泉を受験することにした。秋田だから皆と離れてしまうのは分かっていたけど、心機一転的な意味でもよかったのかもしれない。連絡なんていくらでもできるし。

「駄目だなあ‥、出かけよ」

冷やしていたストレートティーを取り出して、アップルパイを一口サイズに切り分ける。楽なワンピースに着替えると、羽織りを1枚肩にかけてカゴバックに手をかけた。中にアップルパイを敷き詰めて飛び出すように玄関を出る。本当、1人暮らしとは気楽でいい。













「なんでこうなったんだろう‥」

ワンピースに、カゴバックに、体育館。おかしいラインナップだ。そして目の前には、陽泉のバスケ部員が汗をかきながらボールを追いかけて走り回っている。どうしよう隣の女の人の罵声が凄すぎる。美人なのにそのギャップは果たしているのだろうか。

「悪いな、紫原の我儘に付き合わせて」

こんなことが許されるのか、ここのバスケ部は。そもそも拉致じゃないか。そしてそれを容認しているとはどういうことですか。‥とは、さすがにこの人には言えない気がしたから一度言葉を飲み込んだ。

「いえ‥‥というか、よく部外者を体育館に入れましたね‥練習中じゃないんですか‥?」
「今日は朝から著しく紫原のやる気がなかったんだが、ロードワーク終了間際にお前を引っ張ってきたかと思ったらあの顔だ。大方そのバッグに食べ物でも入ってるんだろ‥竹刀でシバくのも正直時間が勿体無い。というわけで、悪いが部活終わるまで適当に座っててくれ」

竹刀でシバく‥‥と聞こえたのは空耳だと思っておこう。そう、公園に行こうと高校の近くを通っていたら、その近辺を走っていた紫原君、というかバスケ部御一行様に出会ったのだ。昨日の金髪の人に若干睨まれたけど、もちろん部活中だしそのままスルーだと思っていた。‥思っていたら、紫原君のスピードが段々と遅くなり、丁度私の目の前でストップ。走らないのかな。ぼんやりそう思いながら首を傾げて「お疲れ様です。頑張ってください」と声をかければ、その大きい手でそのままヒョイと体を担がれてーー今に至る。

「というか、‥お前どっかで見たことがあるな」
「?」
「体操で怪我してなかったか?テレビで見た」
「‥!」
「ああ、あの時凄い取り上げられてたから思い出した。一時期オリンピックに一番近い若き人材がどうとか」
「やめて下さい」
「‥もうやってないのか」
「やれる訳ないじゃないですか」
「‥」

メディアに取り上げられていたことは、こう言う時に心底嫌になる。女の人の顔を見れないまま私は口を結び、ひたすら走り回る部員を眺めているしかなかった。

2016.08.11

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