「最近オメー手作り菓子よく食ってんな」
「いくらセンパイでもあげないよ〜?」
「どうやったら寄越せって聞こえんだよ」
「随分手の込んだクッキーアルね。味見」
「まじでふざけんなし。あげねーし」

男子バスケ更衣室では、男臭い汗の匂いと、その場に似つかわしくない仄かな甘い匂いが漂っていた。その匂いの元と言えば、今紫原の手元にあるアイスボックスクッキーの袋。プレーンの生地にチョコの生地が練り込まれていたが、実際はそんなに手の込んだ、という程のものではない。しかし男からすると中々に物珍しいそれは、それこそ特別な誰かにあげるような作品にしか見えなかったらしい。

「お前製菓コースじゃねえだろ、そのクッキー誰に貰ったんだ?」
「教えるワケねーし」
「1年の癖に女子からクッキーを貰うとは!!何故じゃ!!」
「煩いアゴ。割るアルよ」
「バーカ劉、お前もう2年目だろ。既に割れてんよ、もう知ってんだろ」
「そうだったアル。割れアゴ」
「ワシキャプテンじゃろ!!?敬いとかないの!!?」

いつもの光景が目の前に広がって、それをなんなく無視した紫原は簡単にラッピングされたそれからクッキーを取り出した。ここ最近、美味しそうな匂いにつられてふらふらと歩いていると、高確率で戌飼真梨に遭遇していた紫原は難なく彼女が作ったらしいお菓子を手に入れていた。なんでいつも手作りお菓子を持ち歩いているんだという疑問は確かに人によってはあるが、紫原に至ってはお菓子を持ち歩いている事が至極当たり前のことすぎて、最早疑問になることはなかったらしい。

「お前等いつまで着替えてるつもりだ。女子高生か。早く帰れ」
「ちょっ……監督…ここ男子の更衣室っすよ…せめてノックくらい…」
「着替える気がないなら今から運動場50週してこい。あと岡村、少し話があるから着替えたら体育館な」

陽泉高校の男子バスケットボールを指導している黒髪の女性 -- 荒木監督は、おかまい無しに男子更衣室を開け、用件を伝えるだけ伝えて爆弾を落としていった。練習終わりに50週とは中々鬼畜なことを言う。更衣室に残っていた部員達は慌てて着替えを済ませると、鞄を引っ掴んでぞろぞろと扉から出て行った。まあつまり、監督ならやり兼ねないということなのだろう。

「…アレレ〜?何やってんの真梨ちん〜」
「あ、紫原君」

正門前、1人でボケッと突っ立っている人物に紫原は迷わず声をかけた。またなにかくれるのか、という下心があったりなかったりするが、もう20時を過ぎているのに下校していないのが珍しいということも思っていたりする。紫原は鞄からまいう棒を取り出すと、彼女の頭の上に乗せた。

「何……って、またまいう棒ですか…」
「今日もクッキー貰ったしね〜、お裾分け」
「お裾分けは別にいいんですけど…なんでそんなにまいう棒好きなんですか…」
「この値段でこのウマさは最強でしょ〜?」
「はあ……」

1本10円だもんね。でも私なら100円貯めてチョコレート買うけど。そんなことを考えていると、紫原の後ろから巨体の団体様が見えた。

「なんだぁ?1年の癖して生意気にアツシ待ちとかいんのかよ」
「誰も待ってません。偶々です」
「んで、誰?」
「紹介とかする必要ないし。いいからさっさと帰れば〜?」
「アツシは先輩に対する敬意がなさすぎアル」
「…でっか……」

彼女の感想もごもっともだろう。紫原の後ろから見えたのは、紫原より少し小さいとは言え、恐らく2mはあるだろう変な中国系男子と、その人よりだいぶ低いは低いが、口の悪そうな男も背は高いといえば高い。じっと見られて思わず目線を反らせば、見当違いな声が上がった。

「イケメンだからってそんなあからさまに視線変えるなよ。照れる」
「微塵もそんなこと思ってませんけど‥頭大丈夫ですか」
「おいこの1年誰か指導してやれ。女だからって容赦すんな」

口の悪そうな男 -- もとい福井健介は、冗談を暴言で返した彼女に対し、額に青筋を浮かべて、口を引きつらせながら笑った。その問いに対して誰が同意する訳も無く、そして彼女は溜息を吐くと、静かにその場を後にしたのであった。福井の額に青筋が増えたのは言うまでもないだろう。

「おいアツシ!!アイツは失礼しますの一言も言えねえのか!!」
「知らないよ〜。てか何そんなに怒ってんのさ、ウザイし。てかさっきの自己満発言もウザイし」
「ああ!!?劉!!!」
「中々好みアル」
「聞いてねえよ!!」

2016.07.28

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