ばふ。ばふ。
真っ白い粉がふよふよと風に乗って飛んでいく。白いチョークで汚れていた黒板消しがちゃんと綺麗になったかを確認すると、机をガタガタ動かしながら適当に箒で床を掃く千早さんに振り向いて溜息を吐いた。雑だ。千早さんの部屋がどんな感じなのかが容易く想像がつく。

「ぽちって真面目だよね‥」
「きちんとしないとやり直しがあるんだったら最初からきちんとした方がいいでしょう?」
「そうなんだけど‥ああ、部活遅れちゃう‥」
「やるべきことを全うしてから行くべきですし、そもそもテキパキやれば間に合ったと思いますけど」
「ぽちオカンみたい」
「千早さんのお母さんにはなりたくないです」
「じゃあお姉さん!」

どっちにしろ嫌だとは口に出さなかったが、顔に出ている気がする。

「馬鹿言ってないで終わらせてください。遅刻したら怒られるんじゃないですか?」
「そうなの!もうさー、うちの水泳部おっかない先輩が多くて!仮入部期間なのに私既に先輩と同じメニューやらされてるんだよ!」
「じゃあ私自分の持ち場終わったのでこれで」
「ぽち!!?手伝ってくれないの!!?」
「尽くさない人に尽くす義理はありません」

っていうか、私黒板と花瓶と掃除用具の掃除全部やったんだから。千早さんは一体いつまで教室掃いてる気かな、と口に出しそうになったが、無駄なトークが増えそうだったので言わなかった。鞄を手に取って、わんわんキャンキャン煩い千早さんへと手を振った。どっちが犬なんだか、と誰かツッコミを入れて欲しい。というか、水泳部なのか。

「ねえ、そういえばぽちは部活しないの?」

箒を掴んでいた手を止めた千早さんに突然真顔で聞かれた。その目が「しないなら水泳部一緒に入ってよー!」と言っている。というか、恐らく何秒後かに言われる、気がする。周りのクラスメイト数人も、掃除終わりにかかってますけど。

「‥部活はもうしないです」
「あ!中学でなんかやってたんだ!何部?」
「掃除が終わったら教えてあげますね。頑張ってください。さようなら」
「教える気ないでしょー!!」

むぐぐ、と欠伸を噛み殺して教室を出る。ほんとに煩いんだからもう。

部活はもうやらない。‥というより、やれない。中2の夏の両足アキレス腱断裂。あれからもう部活はやめた。いや、あれ以来運動が怖くてできなくなったと言っていいかもしれない。

「あー、やっぱ真梨ちんだ」
「‥紫原君」
「なに、掃除当番?真面目だね〜」

あれ、それさっきも聞いた台詞。そうして見上げると、口についたチョコを親指で拭っていた紫原君がいた。その大っきな腕に茶色い袋を抱えて、飛び出したまいう棒に袋ごと食らいつく。そして器用に片手で袋を剥くと、これまた器用に中身のまいう棒に食らいついた。どんだけ面倒くさがりなんだ。

「随分行儀が悪いですね。そんなことしてると女の子寄ってきませんよ」
「お菓子食べれればなんでもいいし。それよりまた今日も弁当持ってきてくんなかったね〜。おかげでお昼もまいう棒だったじゃん」
「‥紫原君って純粋で素直なんですね。良くも悪くも、ですけど」
「なに?バカにされてんの〜?」
「それより紫原君はこんな所で何を?どこかに行く所ですか?」
「あー、体育館。メンドくさいけど〜」
「ああ‥‥バスケ部、でしたっけ」
「うん。そう。遅刻したら監督超怖いんだ〜」
「そうですか」

じゃあこれで。そう言ってぺこりと頭を下げて動き出そうとした。‥けど、首根っこを掴まれて、動き出した足が先に進むことなく止まる。

「ぎゅえっ」
「なにその声ウケるんですけど〜」
「けほっ‥‥なにするんですか‥!」
「今日はなんもないの〜?」
「‥?」
「バターの匂いしたからさ〜」

なんだと‥犬並の嗅覚か‥!?確かに、昨日の夜暇つぶしで作ったクッキーが鞄の中に余っている。けど‥まさか、存在を見つけられるとは‥。まあ別に欲しいならあげるけど、と鞄の中から透明な袋を取り出した。

「余りだしあげますよ。‥部活頑張って」
「やった〜‥‥‥って、またアンタ〜‥?」
「なんっなの!?こないだからぽちのこと狙ってんでしょ!ぽちは絶対あげないからね!」

教室の掃除はどうした。突然間に入ってきた千早さんが、紫原君に噛みつきにかかる。っていうか妄想激しくないかな。煩い千早さんと、マイペースでお菓子大好きな紫原君。早くも紫原君は口にクッキーを放り込むと、彼はまたふにゃりと顔を崩して「このクッキーハチミツ入ってんのか〜」と満足そうに頷くのだった。

2016.07.20

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