「あと1点!仁村ちゃんサーブミス注意!」
「はいはい〜」

只今25-24のマッチポイント。逃せばデュース。‥はっきり言ってデュースは好きじゃない。緊張感が張り詰めたまま点差が縮まらず、ぶつりと誰かの緊張が途切れれば負けは確実だからだ。仁村ちゃんは恐らくサーブミスなんてしない。この1セットで分かったことだけど、彼女は常に安全性を一番に取る。ゲーム中のトラと同じくらいに冷静だ。‥まあもちろん、ゲーム中限定だけど。

「‥、あ‥!」

打ったボールが前に落ちる。ネットにかかった瞬間、セッターの先輩が慌てて腕を伸ばした。まさか‥

「‥セットマッチでネットギリギリ‥」

ぽつりと、顧問の綾瀬先生が呟いたのが聞こえた。そして、ネットにかかったボールはころりと敵のコート内へ。先輩の伸ばした左腕にボールが当たって、ネットど真ん中の真上にふわりと上がった。

「トラ!押し合い!!」

声を張り上げれば、トラは掌を開いてボールに押し当てる。もちろん同時に相手の先輩チームも一人、押し返した。

「っ‥!」
「いきなり負けるなんて、こちとらプライドが許さないのよ、1年!」

先輩の気合が勝ったのか強い力で押し返されたボールは私達のコートの中に。でもまだ落ちてない。ボールが上がれば絶対に負けることはない。バレーボールは落ちるまでが勝負だから。私はほとんど無意識にトラの真横に飛び込んで、そして叫んでいた。

「鷹島ちゃん!!今出来る最速のスピードで踏み切って!!!」
「っは、あ!!?」
「早く!!!」

ズシャアッとサポーターが擦れる音がしたと同時にボールも上がる。‥ちょっと遅かったけど、踏み切ってくれたおかげで最高打点が見えた。踏み切りもう少し遅かったらタイミング合わせられなかったってーの。まさか先輩チームも、このボールが上がるなんて思ってもみなかっただろう。私の狙いが叫び声で分かったらしいトラが「さすが後方スナイパー」なんて口パクしながら笑った。

「っレシーブ集中!!これツーアタッ‥‥」

敵陣のベンチで先輩が叫ぶ。だけどブロックも思考も、追いつけるわけない。吸い込まれるように鷹島ちゃんの掌にボールが入った。‥‥我ながら、というか、完璧だ。

「う、っそ‥‥」

ヒュ、という風を切る音がしたと思ったら、ガラ空きのど真ん中へとボールは打ち込まれた。ボールを打った当の本人と言えば、自分の手と私と、そしてボールが落ちた場所をそれぞれ見て目を丸くした。トン、トン、と、ボールがバウンドして、やっと止まった所でゲーム終了のホイッスルが鳴る。

「‥え、勝っ、た‥‥てか、打てた‥?」
「ナイス鷹島ちゃん!」
「ま、待って‥‥なんで、飛んだの私が先だった、し、‥あんたリベロじゃん‥!?しかもネットギリギリであんな正確なトス、というかレシーブ‥!?」
「なによ、前回対戦しておいてその驚き方はないんじゃないの?‥ってもまあ、流石ウサギ」
「どういう意味‥」

変なドヤ顔をするトラは何故か得意げだ。

「ウサギは元々セッターなの。でもレシーブ力も高くて。当時は私とセッター争いしてたけど結局チーム内でレシーブ力がずば抜けて高かったウサギはリベロになって、私が正セッターになった。最初はバチバチだったけどそのうち自分の在るべきポジションが明確になってきた。ウサギはリベロだけどセッター。しかもウサギはオーバーハンドパスよりアンダーハンドパスの方が得意なんだよね。私は逆。だから丁度良い。前は私、後ろはウサギが。つまり私のフォローは必ずウサギがする。状況判断能力もセッターとしての技術も、私とウサギはアンダーとオーバーが違うだけでほぼ同等だから」
「だからあんな低い位置でオーバートスを?」
「1年!ゲーム終了よ!ネット前に集まる!」

キャプテンの怒号に慌てて走る。鷹島ちゃん、あんまり勝った実感が湧かないらしい。っていうか打てた実感がないというか。

「帝光の"獣人"‥‥すごいですね‥」
「‥いや。確かにあの2人も凄いが‥‥"獣人"と呼ばれていたのは3人いて、あと1人はスパイカーだったけどそいつがもうなあ‥恐らく別の高校に行ったんだろうな‥‥って、おう、相田じゃないか。お疲れ。どうした?」












「お疲れ様でした」
「お前あれ取るとかスゲーな」
「黒子君、かがぎゅむむ!」
「君が黒子君ね!ねえ!あのメガネの男の人!名前分かる!?」

頬っぺた痛い!ゲームも終わって一段落中、会話に押し入って入ってきたのは、目をキラキラ‥と言うよりはギラギラさせたトラだった。火神君が「お前誰だよ!」ってツッコんでるけど聞いてない。さすが、毎度の眼鏡男子に対するアタック感すごいですねほんと。言っとくけど褒めてないからね。

「虎侑さん、お久しぶりです」
「そうなの?それよりあの人の名前教えて!」

うおおおい地雷地雷!そうなの?じゃねえわ!同中で同じクラスだったってーの!しかし黒子君は、自分に無関心なのを悟ってメガネの人の説明をし始めたのである。優しい奴だ。うわ、火神君なんか引いてる。

「あの人はバスケ部のキャプテンで、日向先輩と言いますが」
「そ、そうなんだ‥日向先輩って言うんだ‥!名前もカッコイイ‥!」
「苗字だけどな」

火神の君の的確なツッコミを聞いてるわけがないトラは、うっとりぼんやりである。眼鏡男子本当好きだな。もう眼鏡と付き合えばいいのに。‥とは言える訳もなく。

「バレー部はバスケ部にコート譲るから片付けして出てー!」

そんな大声と共に私は日向先輩を見つめるトラの首根っこをむんずっと掴んで、ずるずると引っ張った。乙女め。

2016.07.22

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