「バッチリ上げたのにスカした」
「うっさい!普通あんな低いレシーブから高いオーバートスがちゃんと上がるなんて思わないでしょ!?」
「鷹島ちゃんドンマイっ」
「ドンマイっ!じゃなくて!」

点差にして13-17で、先輩チームに負けている私達のコート内では、小さな揉め事が起きていた。10-16までは普通にボールが飛び交ってたけど、バレーボールでのセットカウントはもちろん25点。チームメンバーの特性がなんとな〜く分かってきていたらしいトラが、流れを変えにかかってきたのだ。11点目はジャンプトスと見せかけたツーアタック。12、13点目はトラの変速サーブ。そしてトラが中学の時みたいに私を見て、ぺろりと舌を出す。これが合図だった。

「虎侑さん分かってたの‥?あのもももものすごいレシーブが返ってくるって‥‥トス位置物凄ーく低かったけど‥」
「稲田さんどもりすぎ。私の欲しい位置にちゃんと返ってきてたじゃん」
「セッターとしては返ってきてほしくない位置でしょあれは!!!」

ギャンギャン凄い勢いでトラに迫る鷹島ちゃんは、ゲームのことを忘れてご立腹だ。まあなんとなくではあるが、彼女は相当負けず嫌いだと見た。自分に上がったトスを打ち損ねたのが余程気に入らなかったのだろう。一見するとチャンスボールになり得るだろうあの私のひっくいレシーブは、私とトラがよく試合でやっていた攻撃スタイルの一つだ。正直、初見のスパイカーに対していきなりこれについてこい!!っていう方が無理はあると思うけど。

「ボールちゃんと見てたら打てるよ」
「レシーブからトスまでが速すぎるの!あんなのちゃんと練習しないと打てないに決まってるでしょ!?ていうか踏み切る時間くらい頭に入れてよ!!」
「じゃあ私が行け!って言ったら踏み切って」
「ばかなの!!!?」

やだ相性悪い。そう思ったのもつかの間、相手コートの先輩達が困り顔をしながらこちらを見ていた。だから試合中だって。しかし私の声は耳に入っていない。セッターとしてのトラは割と無茶振りさせることが多いからなあ‥‥そして私はふと、この言い合いを止める術を見つけた。男子バスケ部が体育館の端で、こちらの様子をこそこそ伺いながら柔軟を始めていたのだ。もちろん彼もいるはずだ。どこだ。‥‥‥‥‥‥‥‥‥薄かったけど見つけた!!

「黒子君!」
「兎佐さん、?」
「ちょっとこれ借りるね!」
「え、」

返事を聞かずに奪い取ったのは、バレーボールより一回りかそれ以上大きいバスケットボール。そうしてそれをトラの頭目掛けて思いっきりぶん投げた。

「いっだ!!!」

ゴン!!と、痛そうな音がした瞬間、ぐるっとこちらを向いたトラが半泣きになりながら私を見た。おっ、怒ってる。

「‥なにすんのウサギ‥!」
「トラまだ試合中、それに鷹島ちゃんも。先輩困ってるじゃん!ボールありがと黒子君」
「‥バスケットボールの使い方間違ってます」
「あはは、ごめんごめん。スイッチ入るとトラ周り見えなくなっちゃうから、こうでもしないと落ち着かないんだよね。だからつい」
「ついってどういう‥」

意味よ。そう言いかけていたと思うのだが、最後まで口にすることなく突然トラの顔が固まった。ついでにみるみる赤く染まっていく。エッ‥なんだ、急にどうした、何か危ないものでも見てしまったのか。そう思いトラの視線の先を追う。追った先には‥‥‥眼鏡をかけた短髪の生徒がいた。

「‥!」

トラは鷹島ちゃんとの言い合いを止めて、両手で頬っぺたを叩いては首を振っている。何か様子がおかしい。

「そういえばさ、私2年生でかっこいい人見つけちゃって!」
「短髪でね、ちょっとクールっぽい感じなんだけど、ちょっとバカっぽいの」

まさか‥例のかっこいいって言ってたのはあの人‥‥ってかバスケ部‥‥?なんか面倒臭いことになりそうな気がする、と感じた瞬間、目をキラキラさせたトラが鷹島ちゃんの背中をバシッと叩いていた。

「鷹島、頑張っていこ!」
「ほんと急になんなの!!?」

呆れた私の視界の端で黒子君が困惑していたけど、彼はどうやら洞察力に優れているのか、トラの視線の先をじっと確認していた。

2016.07.19

prev | list | next