「うわあ!すっっごい美味しそう〜〜!ぽちやっぱ天才!私の目に狂いはなかった!」

なんの話をしているんでしょうか。ボールや泡立て器を洗いながら、目をキラッキラに輝かせる千早さんに首を傾げた。そもそも千早さんに見立てられた覚えはない。高校にしては珍しく製菓コースのある陽泉には、お菓子作りに興味を持つ生徒の受験が多いらしい(特に女子)。もちろん私も含まれているし、同じクラスの千早さんもそうなんだろう。入学して2日目から調理実習があるなんて微塵も思わなかったけど。

「三層のチョコレートムースケーキをいきなり作っちゃうなんて‥実習内容がチョコレートを作ったお菓子だから、皆普通にトリュフとか作ってるのに‥!もう、ぽち、好き!」
「抱きつかないで片付け手伝ってください」
「はーい!」

千早さんは作る専門より食べる専門じゃないだろうか。それくらい調理の最中は騒がしかった。湯煎でチョコを溶かしてって言った時に、あわやお湯の中にチョコを投入しようとした時はさすがに驚きすぎて目が飛び出るかと思ったが。同じグループの女の子達が止めてくれたからよかったけど。

「戌飼さんお家で料理よくするの?」
「はい。私1人暮らしなので」
「ぽち1人暮らし?今度泊まりに行きたい!」
「湯煎の意味も分からなかった人を泊めたくないので来ないでください」
「つれないー!!」

ぶーぶーと文句を垂れる千早さんを無視して片付けを終えると、味見役の先生と、プラス人数分に切り分けて、その場で食べたり、持って帰る為にラップに包んだ。私は後者だ。今食べるにはちょっと重い。周りは「美味しい」だの「とろける」だの、まあなんとも嬉しいことを言ってくれるから頬は勝手に緩む。人に食べてもらって、幸せそうな顔を見るのが私は好きだ。

「戌飼さんのグループのチョコレートムースケーキとても良い出来だったわ。美味しかった」
「先生。有難うございます」
「料理教室にでも通ってたの?」
「いえ、好きなんです。こういうことするの」
「そうなの。ふふ、次回の調理実習が楽しみ」

にこやかに笑った先生にお辞儀をして、教室に戻る為に白いエプロンと三角巾を取った。自分がとてもチョコ臭い‥いや聞こえが悪いかな。甘い匂いが充満してる。ぱらぱらと他のグループも教室へと向かっているらしい。さあ、今日のお弁当はお米の弁当だ。チョコの匂いを振り払うかのように結っていた髪ゴムを取ると、頭をぷるぷると揺らした。‥う、やっぱり甘い匂い‥

「うぐっ」

途端何かにぶつかった。ケーキは無事だったが、そのケーキに強烈な視線が刺さっている。

「やっほ〜真梨ちん。‥すごい美味しそうなケーキ持ってんね〜」
「む、らさきばらく‥‥、ん‥?誰?」
「真梨ちんは真梨ちんでしょ〜。それ、誰かにあげるの?」
「え、あ?え、別に何も‥」
「じゃあオレがそれ食べたいな〜。ダメ?」

待って待って、まず会話にまだついていけてない。えっと、真梨ちん、‥真梨ちん‥私の目の前で真梨ちん‥‥あ、真梨、私の名前か。語尾がよくわかんないけど、あだ名かな。勝手な人。んで、ケーキ、このケーキね。誰かにあげないならくれってことですか。そうですか。やっと理解できた。

「紫原君、これ食べたいんですか?」
「うん。なんか美味しそうな匂いするな〜と思ってフラついてたら真梨ちん見つけてさ〜。製菓コースだったんだねえ」
「食べたいならまあ‥あげますけど」
「ほんと〜!!!?」
「あ、でも、手で食べるとかやめてくださいね!三層になってるから崩れやすくって‥ええと、ちょっとこっち来てください」
「え〜面倒じゃん!いいよここで」
「ダメです!」

こちとら綺麗に切り分けたんですから、もちろん美しいまま食べてほしいんですよ!そんな至極真面目な私の顔つきに気圧されたらしい紫原君の腰を後ろからぐいぐい押して、近くの食堂へと押し込む。おばさんに小さいお皿とフォークを貰ってテーブルへと向かえば、「待て」状態の紫原君がケーキを見つめていた。ちょっと笑える。

「どうせ腹に入るのに真梨ちん細かいな〜」
「見た目も味わってこそなんですよ。断層、綺麗にできてるでしょ?」
「うん美味しそう。食べていい?」
「せめて聞いてるフリしてほしいです。‥いいですよもう‥食べてどうぞ」

その言葉を合図に、綺麗さの欠片もないフォークの持ち方でケーキを刺し、その大きな口に運んでいった。ホールケーキの5分の1って、幅はある方だと思ってたんだけど‥紫原君を前にすると、なんというか‥‥スーパーとかで売ってる小さいデザートチーズみたいに見える‥。言い過ぎかな‥。

「うまーーーー‥!!」
「上からミルクチョコのムースと、ホワイトチョコのムース、最後が生チョコになってるんです。スポンジは使わずに作ったので、最後まで滑らかなんですよ。生チョコの口溶けが堪らないでしょう?」
「もっと食べれる、つーか食べたい」
「ふふ、もうないんですよ、ごめんなさい」
「この間の弁当でも思ったけどさあ、真梨ちんの料理やっぱ旨いよね〜。あーあ、オレ弁当待ってたのに〜」
「本気で言ってたんですかあれ‥」

紫原君って、食べてる時意外は気だるそうにしてるけど、食べ物目にしたらすごい飛びついてくる様が可愛い。この間も思ったけど。あんなに嬉しそうな顔して、目をキラキラさせて食べるなんて、大きな子供みたい。

「真梨ちん、調理実習で作ったお菓子あったらまたちょーだい」
「ええ‥」
「俺真梨ちんの料理すげー好きだからいくらでも食べれるし」

そう言いながら席を立った紫原君は、売店に寄ってまいう棒を購入している。チョコケーキの後に‥まいう棒‥甘い物を食べたら塩っ気が食べたくなる、人間の心理か‥しかし私はあのお菓子嫌いだ。

「はい」
「え」
「お裾分け。じゃあね〜」

1本だけ机の上に置いて、その場から離れた紫原君はひらひらと手を振っていた。まいう棒‥私苦手なんだけど‥。味は坦々チリソース。最早意味不明である。

2016.07.11

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