うるせえ女。それが第1印象だった。過ごす時間が少しずつ増えていくに従って分かってしまったのは、良くも悪くも正直な性格と馬鹿みたいに真っ直ぐな瞳。俺とバスケ対決とか言いやがるからどんな奴だよと思っていたら、そこそこ運動神経はよかったから驚いた。

そうして次に気が付いたのは、桜は所属している陸上部でもかなり出来る奴だということと、それによってどうやら歳上の女の先輩に姑息な嫌がらせを受けているということ。まあ、正直まだ嫌がらせかどうかなんて分からない所だが、見てしまったこっちとしてはあんまり気持ちの良いもんではない。

「あ、そこの1年〜それ片付けといてね〜」
「え、あ、え‥?は、はい‥?」
「え?なんでですか?」
「は?‥いやなんでってあんたら1年じゃん」
「いやいや、それってそもそも個人練で使う為に先輩方2人が出しただけじゃないですか」

ああ、そうそう、あいつはそういう奴。別に自分が間違っていないと思ったことは、例え歳上だろうと、他の1年がびくびくしていようとも言ってしまうのだ。側から見ると面倒な奴だと思われがちだが、俺はそう思わない。むしろそれが逆に面倒臭くなくていい女だと思う。

「というか、もし頼むなら頼むで他人への頼み方ってものがあると思いますよ。用事でもあるんですか?」
「い、いいよ未藤さん‥!私丁度片付けようと思ってたから‥!」
「する必要ないって。帰ろ」

先輩だから、後輩だから。桜はそういう上下関係の括りが嫌いで、都度対抗しては揉めていた。結局は他の1年が何故かどちらも宥めて片付けていることが多かったが、今日はどうやら違うらしい。ぼんやりとスポーツドリンクを飲みながら運動場の揉め事を眺めていると、ガツンと鈍い音がした。黄色い小さめのハードルが桜の背中に投げつけられた音だと気付いた時、同時に彼女はゆっくりと後ろを振り向いていた。

「‥‥痛いんですけど」
「あんまり生意気だから投げちゃった」
「広背筋って陸上には大事だって知ってますよね。故障でもしたらどうする気ですか」
「ちょっとぐらい故障しても大丈夫なんじゃないの?どうせ少し遅くなるくらいでしょ」
「そのくらいで私が負けるとでも思ってるんですか、だからいつまで経っても速くならないんですよ。センパイ」
「「んなッ‥!!!」」

さらりと笑顔で一言言残し、怯える同学年の女子の背中を押して離れていく桜の後ろ姿は圧巻だった。自信に溢れた背中は思わず笑いが出るくらい格好が良い。つーか、本当にああいうことする奴いるんだな、ドラマとか漫画の世界だけかと思ってたわ。

「‥‥」

そんな1年の姿をじいっと見ていた2人の先輩とやらは、何かをこそこそと喋りながら渋々と片付けていたが、何度も何度も2人で視線を合わせてはどこか不敵に笑っていた。その嫌な雰囲気は見ているこっちにも伝わってきて、なんだか胸糞悪くなって運動場から顔を背ける。

「あっ!!!青峰君こんな所にいた!!」
「なんだよさつきかよ‥」
「なんだよじゃないから!部活もう終わっちゃうから早く‥!!」
「お、マジで?じゃあ帰るか」
「ちゃんと顔出して先輩に謝りなさい!!」
「まあ上手く言っといてくれよ」
「ちょっと!!」

教室にバタバタと入ってきたさつきにゆらりと手を振って、さっさとその場を後にする。あいつはもう部室だろうか。なんとなしに陸上部の部室の方向へ歩き出したが、目の前のその奥に現れた陰険メガネの後頭部を見つけて即座に引き返した。部活もさつきも面倒くせえなあ‥よっぽど桜の方が面倒くさくねえわ‥

2017.10.27

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