有り得ない。この人、無茶苦茶速い。さすがキャプテンの名を背負ってあるだけある。いつもなら何回も勝負をかけるし、むしろ数分前までは万が一負けてもそのつもりでいたけど、こんな実力差なんて絶望的だし無理だ。男子と女子だしね、という理由なんて私には関係ない。なかったのに、こんな差を見せつけられたら押し黙るしかできない。

「っはー‥‥やっぱ速いな、お前」
「っどの口がそんなこと言うんですか!?めっちゃ普通に負けましたけど!!」

ははは、なんて笑って余裕しゃきしゃきで地面に座り込んだキャプテンの姿に怒りというか、なんというか。水嶋、なんて陸上選手今まで聞いたことないけど‥こんなに速かったら大会の1つや2つで名前が上がってもおかしくない気がするけど。‥‥‥いややっぱ聞いたことないわ。

「どーせ俺の名前聞いたことないあーだこーだ思ってんだろ」
「‥その通りですけど」
「当たり前だろー、俺大きな大会なんて1回しか出たことねーもん」
「はあ!!!?!!」
「うっさ!」
「なっ、なん、なんでですか!?」

大会1回しか出たことないって、しかもそれいつの大会!!?そもそも1回しか出たことなくてよく今キャプテンなんてやってんな!!あ、それは単純に速いからか。いやそういう問題!!?疑問でいっぱいになった私の頭をぺしりとキャプテンが叩く。何者だろうこの人。思わず私も地面に座り込んで様子を伺う。‥なんで嬉しそうなんだ。

「中学1年ん時、俺全中出たんだけどさ。部員も周りの選手もすっげーやる気なくて、対抗心まるでゼロ。結局決勝まで行ったけど、なーんか俺の求めてたのと違ったんだよな。こんなの無意味だと思ったら勝ちに行く気も失せちまって、そっから大会出るのやめた。同じくらい熱持ってる奴がいねーと大会も面白くねーし」

その日のことを思い出してるのか、薄っすらと目を細めて溜息を吐いている。色々あったんだな。‥色々あったんだろうけど。

「先輩超ワガママボーイですね」
「うっせーな」
「で、今私と勝負した理由はなんですか?」
「お前、すっげー悔しそう!そういう顔する奴今の部活にはいなかったからさ。プライドだけ高けー奴ばっかだし。やっぱ勝負ふっかけてよかったわー」
「‥‥ガキか」
「あ"?」
「悔しいですけど!私キャプテンのこと絶対そのうち抜くんで!!女子とか男子とか関係ないんで!!!」
「‥‥」
「なんですか!!」
「ぶっは!最高だわお前!」

ヒーヒー笑ってんじゃないよ、腹抱えやがって。てかこの人こんなキャラだっけか。‥まあいいや。キャプテンを置いて立ち上がると、お尻の砂を払う。今日は取り敢えず、潔く負けを認める。だけど次回こそは、私から勝負を挑んで軽く勝ってやるからな。また私の目標いきなり壊された。青峰に次いで2人目とか、幸先割と悪い?‥ああムカつく!!

「あ、未藤」
「今度は私から勝負けしかけるんで!!」
「‥‥おう、楽しみにしてるわ!」

めっちゃ指差して眉間に皺寄せながら言ったのに、きょとんとした後にめっちゃ笑顔で"楽しみにしてるわ"って言われたんですけど、なんですか、キャプテン意外と病んでたんですかとちょっと心配になった。とにかく、さっさと帰って御飯食べて筋トレしよう!!そう考えながら、どすどすと部室へ向かった。













「さっきなんでキャプテンと一緒にいたの?」

あーーーなにこのパターン。少女漫画の読み過ぎじゃないの貴方、と、目の前の(恐らく)陸上部女子先輩達に問いたい。流石にそれは出来ないが、こういう、先輩に囲まれて謎の説教とか現実にあるんだなあ。他人事のようにぼんやりしてはいるが、現在私はそんな状況に置かれていたりする。着替え終わったから早く帰りたいんだけど。

「ねえ、聞いてる?」
「キャプテンと少し競争を?」
「キャプテンと競争?なんで?」
「さあ?」

適当に両手で"さあ?"のポーズをしてみると、凄い顔で舌打ちされた。その顔で舌打ちはしちゃいけないよね、それ犯罪者レベル。

「キャプテン忙しいんだから無闇に引っ付くの良くないと思うんだけど」

私から声をかけたわけじゃないけどね。

「ちょっと有名だからって自分の思う通りになりそうとか思わないでほしいよね」

その言葉、そっくりそのままお返しします。

「ねえ先輩の話聞いてる?」
「聞いてますよ。まあさっきのことは不可効力なんでさっさと忘れてもらって大丈夫です〜」
「何その言い方ムカつくんだけどっ‥!!!」
「んだよ桜、お前シめられてんの?」

ぬっ。そんな感じで私の後ろから現れた影に背筋が震えた。驚いて振り向けば、かったるそうな青峰の姿である。タイミングが良いのか悪いのか、こいつも中々分からん男だなあと改めて思う。約190cmの男が目の前に現れたことで、(恐らく)陸上部女子先輩達が目をこれでもかと開いて口を噤んでいた。

「何したんだよお前」
「いや別に何もしてはないんだけどもね、なんで青峰いるの、部活は?」
「3分してきた」
「さっちゃんにどやされるから戻りなさい!」
「うっせ。それより部活終わってんだろ、スポーツテストで勝ったからアイス奢れ。帰んぞ」
「はっ!?奢んないし!!共犯にするな!!」

相変わらず勝手な奴だな!先輩のことも忘れて怒っていると、おずおずと後ろから声が。しまった、なんて今更思い出しても遅い。‥と、青峰の顔が先輩達の方に向いた。

「ち‥ちょっと‥話、まだ、終わってな‥‥」
「桜はキャプテンと関係ねーっつってんだろ。自分達でどうにかしろよ」
「「「っ!」」」
「はあ!?アンタ実は聞いてたの!?ちょ、痛いから引っ張んなっ!!」

2017.02.03

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