「ちょっと。サボっといて屋上で寝てるとか意味不明なんですけど」
「あ?‥‥なんでいんのお前。部活は」
「桐皇の陸上部は身体的な無茶をしすぎないように20時には終わるんだってさ。精神的な苦痛はきついけど」
「そりゃよかったな」
「ちょっとはツッコんでよ!」

くああ、と欠伸をした青峰はそう言うと、むくりと大きな体を起こして頭を掻く。オッサンか。私は部活中、散々先輩達にいじめられて、その鬱憤でも晴らそうと気分転換に屋上に来ただけである。決して青峰を追いかけてきた訳じゃないのであしからず。てか屋上は青峰の庭か。

「つーかお前あんだけ走る癖になんでそんなおっぱいでけーの」
「いっぺん死んでこい!!」
「そこそこ速えし、女ってよくわかんねえ‥」

おいこいつ今そこそこって言ったよね?人の得意分野にケチつけやがってほんと我慢ならない。ならないけど私は大人ですからさらっと聞き流してやりますよ。座り込んだままボケーッと空を見上げている青峰に対し、拳を握って怒りを耐えた。人の神経逆撫でする天才め。

「‥ていうか青峰はさっちゃんと仲悪いの?」
「んで急にさつきが出てくんだよ」
「さっちゃんが青峰のことずっと気にしてる。私がさっちゃんと初めて会った時からずーっとね。幼馴染なんでしょ。もしかしてあれ?アンタ思春期なの?」
「仲良いとか仲悪いとか知るかよあんなブス」
「はい青峰今世界中の女子敵に回した」
「お前は一々突っかかってくんな。ウゼエ」
「‥」

ウゼエじゃないっての。そんな空っぽの顔して悪態ついて、馬鹿じゃないの?

「‥バスケそんなに嫌いなら、なんでまたバスケ部に入ったの」
「スカウトでここ来たんだよ。だから俺が何しようが勝手だろ」
「金髪の人にめっちゃ怒られてたよね」
「‥さっきから何が言いたいんだテメーは」
「嫌いなら辞めれば」
「‥」

そう言ったら、青峰は少しだけ目を丸くした後に舌打ちをした。ああ、そう、そういう問題じゃないもんね、特に青峰の場合は。でも、色んな言い訳が思い付きそうなのに、青峰はそのどれもを口にしなかった。スカウトということはスポーツ特待生で、だから辞めることはできないとか、さっちゃんがとにかく煩いからテキトーにやってるだけだ、とか。

「‥やっぱ、根本ではバスケ好きなんだ。それが分かれば今はいーや」

あんまり話詰みすぎると明日から口も聞いてもらえなくなるかも。私は別にいいんだけど。青峰の顔色が若干変わったのを見て、私は部活用のエナメルバッグを掴んだ。

「もうねーんだよ‥」
「?」
「‥‥‥俺の欲しいモン」

くるりと向きを変えて、屋上から出ようとした瞬間に聞こえた声はとても小さかった。確かに聞こえたその言葉には、希望は何もないという意味が含まれている。一体どういうことだ、青峰の欲しい物って何?ゆっくり振り返って聞き返そうとしたが、それは叶わなかった。鞄の中の電話が震えて音を立てていたのだ。

「‥あ」

俊君だ。久しぶりだな電話。そう思ってちらっと青峰見ると、面倒くさそうに鞄を持って立ち上がった。

「帰るの?」
「腹減ったんだよ。米食いてえしお前もめんどくせえし帰る」
「しょーがないから一緒に帰ってあげよう」
「望んでねーよバカ。それよりも電話うるせえから早く出ろ」

電話くらいでなんて器の小さい男だ!ダジャレは寒いが優しい俊君を見習え!屋上から出て行く青峰を視界に入れながら、溜息を吐いて通話ボタンを押した。

「もしもし」
『桜?さっそく今日は部活か?』
「まあね。俊君こそどうしたの?部活は?」
『終わったよ。個人練習も監督にやりすぎるなって止められたし‥あ、それで母さんがご飯食べに来ないかって言ってるけど。おじさんまた1カ月くらいいないんだろ?』
「うん。でもいいよ、こんな時間だし引っ越したから駅乗り継がないといけないから面倒」
『俺今桜の家の前いるしくればいいだろ。帰りも送るよ』
「え、いるの?でもアオ1匹にはできないし」
『連れてくれば?うちにもまるおいるし』
「うーん‥」
『今日の晩御飯カレー』
「行く!」

俊君のお母さんのカレー、ほんと美味しいんだよなあ。考える間もなく即答したら、電話の奥で笑った声が聞こえた。私のお母さんは4歳の頃に亡くなっていて、お父さんは超カリスマメイクアップアーティストとして日本中を飛び回っている(オネエとかではないが、たまにテレビで見るとオエッてなることがある)。そのせいか、俊君のお母さんは心配してご飯に誘ってくれたりするのだ。あー、カレー!嬉しい!

『待ってるから早く来いよ』
「うん!」

今さっきまで青峰と帰ろうかなとか思っていた私の心は、俊君のお母さんのカレーという強敵へ見事に持って行かれた。が、青峰が近くで私を待っている訳がなかった。ちょっぴりムカッと来た。

2016.09.02

prev | list | next