「人の指舐めるとかどんな神経してんのあんたふざけんなー!!」
「米粒ついてたから取ってやったんだろーが」
「他に取り方あったでしょ!!」

悪びれる様子もなくけろりと言い放った青峰は、ついでにとばかりに味噌汁にも手に伸ばす。ほんと勘弁してほしいんだけど!慌ててお箸を青峰の手に刺して牽制した。ガキか!

「いってえ!」
「自業自得。ご飯くらい自分でなんとかして」
「ケチくさ。お前モテねえぞ。‥モテねえか」
「その言葉、そっくりそのまま返してやる!」

そんな私の声に興味を示さなくなった青峰の視線は、いつの間にか数名と近くでお弁当を食べていた桜井君へと向いていた。桜井君のお弁当取られる!‥いやしかしその前に私は愕然とすることになる。なんだあのお弁当の中身は。子供に尽くす為に頑張る母親の気持ちが詰まっている、‥所謂キャラ弁当だ。そんなキャラ弁のメインの1つを張っているライオン唐揚げに、青峰は手を伸ばしていた。

「すご、あの唐揚げライオンの顔だ‥海苔?」
「もー青峰君てば‥桜ちゃん、ティッシュ」
「あ、ありがと」

今時ポケットティッシュ持ってる女子高生少ないよ。そんなことを考えながら、ポケットティッシュを差し出したさっちゃんにお礼を言うと、青峰に舐められた指を拭った。もう本当最低、信じらんない!

「青峰っていつもあんな感じなの?」
「え?あ、うーん、まあ‥そうだね。最近は特に自分勝手さが際立ってるけど‥‥でも、あれでも優しい所あるんだよ」
「まじですかー‥まあさっちゃんが言うなら‥ってか、それさっちゃんだからじゃない?」
「いやいやそんなことないよ!桜ちゃんもそのうち分かるって!」
「ふうん」
「指舐めたのは‥ええと、事故!」

事故にされてたまるか、っていうかどっちかというと事件だし!盗られなかった味噌汁を啜りながら、さらりと青峰のイメージを払拭しようとするさっちゃんに空返事をした。くそう、おにぎりが少し足りなかった。

「桜ちゃん、部活どう?」
「うーん、やっぱキッツイかな。基礎練倍ぐらいあるし、先輩とかちょい怖い。でもまあ私走るの好きだしね〜。結局の所は楽しいよ」
「そっかあ。そうだよねえ‥」
「さっちゃんは?」
「私はマネージャーだからねえ‥でも、バスケは選手と同じくらい好きだよ」

バスケは、か。ちらりとさっちゃんの視線が、桜井君のお弁当を漁り終わった青峰へと向けられた。‥分かってはいたものの、やはり溝は思いの外深そうだ。













「ダッシュ遅い!!後3本追加すんぞ!!」

広い運動場に、キャプテンの怒号が飛ぶ。なんだなんだとばかりに授業の終わった1年の教室の窓から生徒が覗いていたが、その声に驚いてまた身を隠していた。

「未藤!!何余所見してんだバカ!!ちゃんと他の奴のフォーム確認しろ!!」
「すみません!!!」

既に50mを5本走り終え、他の先輩達がダッシュをしている間にドリンクを飲んでいた私は、余所見をしていたのがキャプテンに見つかって怒られた。てかダッシュ前の脚上げ練習キツすぎ。そりゃバテるわ‥。額からポタポタと流れる汗を拭った。

「まさかこんぐらいでバテてんの?」
「‥花江先輩」
「本当嫌になるわ。少し才能のあるやつはそれだけで成り上がろうとするんだから。基礎練くらい平気な顔してやれっつーの」

そう言いながらげしっと私の膝裏を蹴り上げたのは、2年の花江千夜(はなえ ちよ)先輩。入部してからというもの、チクチクと突いてくる嫌な先輩だ。その眩しい程の黒髪にかかる天使の輪、どうにかしてほしい。てか暴力やめて。

「痛いです」
「こんぐらいどーってことないでしょ。走れるんだから」
「‥」
「あんまり目立つようなことしないでよね。キャプテンが目にかけてるからっていきなり調子乗ってるとシメる」
「目立つ?先輩からは私が目立ってるように見えるんですか?やだなあ、そりゃあ私も自意識過剰になっちゃいますよ」
「忠告はしたかんね。後は弁えろ」

げっ、また蹴られた。あの人本当に女!?あーもう何アレむかつく!イライラしながらダッシュ本数を増やされた部員を見ていると、その向こう側の体育館からバスケットボールを回していた黒い物体が目に入った。

「‥青峰」

いつから私の様子を見ていたのか、怪訝な顔をした青峰は面白くなさそうにその場を後にする。その後ろからこれまたイカツイ金髪の男子生徒が出てきて、声を荒げていた。うおお、すんごい仲悪いな。‥いや、陸上部側も人のこと言えないか。

2016.08.11

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