何を言うべきなのか、ずっと考えていたが何も思いつかない自分が少し腹立たしいと思った。

「‥亜樹、下、行かんの?」

対誠凛との試合はほぼ五分五分の試合運びだったけれど、1枚上手だったのは誠凛だった。つまり試合に負けたのは秀徳で、緑間君達のチーム。あれだけ自信満々だった癖にそのザマはなによ、と言えるような空気じゃないのは分かっているし、むしろ言える訳がない。‥だって、私だって勝つと思っていたもの。中身のない残念だったねも言えない、頑張ったねも言えない。じゃあ私は今の緑間君や高尾君に、一体どういう言葉が伝えられるのだろうか。

「‥あれだけ上手なのに勝てないことってあるんだね」
「まあ絶対勝てる試合なんてもんもないやろ」

それはごもっともですけどね。段々人が疎らになっていく会場をぼんやりと見ながら溜息を吐く。‥勝ってほしかったな、と。下手な言葉を選べないから、私はそんな勝手なことしか口にできない気がした。

「私、帰る」
「は?‥っていやいや何言っとんの、挨拶くらい行かな」
「だって、何言えばいいか分からないもの」
「あんたねえ‥」

盛大な溜息を吐いた八雲さんは、なんでもいいんやからと続けて口にする。よう考えてみ?負けたから、可哀想やから。そんな理由でさっさと帰られたとか思われたら相手も嫌やし、あんたも嫌やないの?顔を少し歪ませて放たれた言葉に私は思わず口を閉じる。‥確かに、それは嫌だろう。

それでもどう声をかけたらいいか分からないとぶつくさごねる私を見兼ねた八雲さんに、取り敢えず行こうと無理矢理手首を引っ張られた先。いつも2人セットでいるはずの片割れが、着替えを終えたのか大きな鞄片手に見知らぬ選手達と会場を彷徨っていた。

「高尾くーん。オツカレー」
「おー、八雲サンに亜樹ちゃん、まだ残ってくれてたの?いやーかっこわりーと見せちゃったなー‥」
「カッコ悪いわけないやん、凡人から見ても凄い試合やったよ。面白かったし、な、亜樹」
「え、あ、ぁ‥うん、」
「‥あ、もしかして真ちゃん?」

ぎくり。白いハットを深くかぶり直して、こっそり探していたのがバレてしまったのだろうか。だって緑間君は、いつも貴方の隣で変なラッキーアイテムを持って立っているじゃないか。そう言いたげにしていたのも分かってしまったのだろうか、高尾君は少しだけ笑って奥の扉を指差した。

「あー、まあ‥真ちゃん今感傷中かもしんねーけど外いるんだわ」
「え?でも今外、雨じゃ‥」
「なんでこれ持って行ってくんねー?」

にっと笑って差し出されたのは深い緑の傘と、白いタオル。‥そんな、流石に大袈裟に濡れる所にはいないんじゃないだろうかとは思ったが、まあいっかと思いながらそれを受け取った。‥あれ?でもなんで私が緑間君の所に行く流れに?

「あの、高尾君‥」
「別になんも言う必要はねーから」

じゃ、ヨロシク。そう言われて、八雲さんに背中を押されて、私は渋々と奥の扉に向かって歩き始めた。高尾君の隣にいた人が「え、‥緑間の彼女、?」とか言っているのが聞こえたけれど、‥‥そんな風に見えてしまうのだろうか。それは不味いんだけどなんて思いつつ、少しだけ恥ずかしくなった。













負ける筈が無いと思っていた。相手は、中学時代同じチームだった、幻のシックスマンである黒子テツヤという男がいる新設校の誠凛高校。黒子の新しい相棒のような火神という男もいたが、決してこちらが負けるような相手ではない。勝てないような相手ではない。のに、負けてしまったのだ。

「‥」

だからこそ、次は。電話の向こう側でギャーギャーと煩いのが煩わしくて通話終了のボタンを押すと、ぐちゃぐちゃに濡れているポケットに携帯を入れて振り向いた。

「‥‥緑間君、びしょ濡れだよ」
「辰巳、何故ここに‥」
「タオルと傘‥高尾君から預かってきたの」
「そうか」

なんの気配もなく後ろにいたのは辰巳で、見覚えのある傘とタオルを差し出していた彼女は少し困ったように顔を強張らせた。‥ああ、試合のことだろう。あれだけ自信のあるようなことを言っておいてこのザマなのだ。

‥そうしてこいつは何をしているのだと、俺は真顔で見下ろすしかない。俺の頭にぐっと手を伸ばして、タオルを乗せたと思ったら徐にぐしゃぐしゃにし始めたのだ。

「ねえ、スポーツマンなんでしょう。風邪引いても知らないよ」
「余計なお世話なのだよ。それより自分でやるから手を退けろ」
「‥次は勝ってね」
「当たり前だ」

お疲れ様とか、頑張ったねとか、そういう言葉を言われるものだと思って身構えていた。だが、辰巳はそのどれをも言う訳でもなく、淡々と"次は"と告げて無言になった。‥少しだけ涙目になっていた気がするのは、俺の眼鏡が雨で濡れていたからかもしれない。

2017.12.15

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