あの試合以来、緑間君は変わらずというかそれ以上に部活に精を出しているようだった。合間に八雲さんに無理矢理誘われて練習試合に行った日もあったけれど、知っている限りの練習試合で負ける所を見たことはない。それでもそれが当たり前なんだと嬉しい顔を見せないのだから、よっぽど誠凛に負けたことが悔しかったのかもしれない。

「水族館の無料チケット貰ったっちゃけど、2枚!」

もうすぐ夏間近、忙しくなってくる直前、ぱあっと嬉しそうに私の前に現れた八雲さんと、手にしっかりと握られた2枚の紙切れ。‥衣替えも終わって、私は秋物の新作モデルの仕事を少しずつ引き受けるようになっていた、‥なんだかんだと付き合いが増えてきた3人が心に入り込んできているような、そんな頃だった。













「つーか凄くね?部活も休み、亜樹ちゃんの仕事もないとか」
「最近ずっと忙しそうやったもんね。‥てか高尾君、さらっと私が暇人とか言うのやめてくれん?」

待ち合わせ場所に現れた人物約2名に目を剥いた。あれ、チケット2枚じゃなかったっけか。黒い帽子の中に全部髪の毛を隠して、黒いシフォンのスカートに英字のプリントされた白Tシャツ。黒の伊達眼鏡でバレないようにしてきたというのに、‥もうちょっとだけ可愛い格好で来ればよかったとか、‥思ってないけど。‥ていうかなんでいるの!

「亜樹?どしたん?」
「なんで緑間君と高尾君がいるの‥」
「ペアチケット2枚やもん。何言っとんの」

いやいや、何言っとんの?はこっちの台詞だし、ちゃんと言ってよ。困惑するこちらを余所に、楽しく話し出す八雲さんと高尾君。ちらりと緑間君を見ると、彼もこちらを見ていた。‥てか高校生とは思えない、随分大人びた格好するんだな。体格的な問題‥?

「なんだ」
「‥なんか社会人みたいな服着てるから」
「何が悪いのだよ」
「悪いなんて言ってないよ、シャツとチノパンとか緑間君らしいと言えばらしいけど」
「辰巳はいつもと違いすぎて分からないな」
「そういう風にしてきたの!」

全く、何度言えば分かるんだ。今のご時世モデルと異性が外で出歩くのはスキャンダルを狙う記者の格好の餌食なんだから。わざわざ時間をかけてバレないようにしてきてるんだから察してよね。‥って、私、そこまでしてまで誰かと外に出たいなんてもう思っていなかったのに。ふとそこで今までの自分とは違うことに気付いたけれど、目の前で手招きをする八雲さんと高尾君に視線を戻して近寄った。

「取り敢えず中入ろ、私マンタ見たい!」
「イルカショー何時からあんの?」
「パンフレット見な分からんけど、時間なかったら先にそっち行く?てか高尾君イルカショーとか女子〜」
「え、知らねーの?ここのイルカショー最後にお触りあるんだぜ?」
「行く!!」

‥なんか2人のデートの邪魔をしているみたいな気がするんだけど。じろりと隣の緑間君を見て様子を伺ってみた。彼は何も感じ取っていないように、私に対して「どうかしたのか」と疑問を口にした。いやいや、緑間君こそどうかしてるんじゃないの。なんで疑問にすら思わないの?

「ねえ緑間君‥あの2人付き合ってるの?」
「聞いたことはないが、偶に八雲が部活帰りの輪に入ってきて流れで帰ることはある」
「そうなんだ」
「2人とも早く!入らんの?!」

いつもより少し無邪気に騒ぐ八雲さんは何処となく顔が赤い。ああ、やっぱりそういうことなのかなあ。

「緑間君がここに来たのは八雲さんに誘われたから?」
「高尾に無理矢理連れて来られたのだよ。行くつもりなどあるわけがないだろう」
「そう‥」
「まあだが‥折角ここまで来たんだ、取り敢えず行くぞ」

行くんだ。律儀にも後をついていこうと歩く緑間君の後ろを私も歩く。ちらりと私の様子を見るように振り向いた緑間君の口が、ほんの少しだけ笑っていた。

2018.01.23

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