「疲れた‥」

連日の収録と撮影が体を蝕んでいる。思いっきりベッドにダイブしたら、ギシリと軋む音がした。仕事だから仕方がないけど、見たかった試合は観に行けず。昨日まで八雲さんから細々と届いていたメールも今日は1通もない。どこまで勝ち進んだんだろうか。‥考えた分だけ観に行けなかったことが悔しい。

明日は丸1日仕事はない。けど普通に授業がある。勝ち進んでいれば、緑間君は公欠だろうけど私は試合を観に行くことができる。‥いやちょっと待て。別に緑間君が見たいとか、そういう云々じゃない。試合に出ている緑間君が見たいだけだ。決してそういうのじゃない。そう、違う違う。

「うわひゃっ!」

突然鳴り出した着信音に驚いて、ぼとりとベッドの上にiPhoneを落とした。タイミングおかしくないか?冷静になって画面に視線を向ければ、全く知らない番号から電話がかかってきているではないか。こういうのは無視するに限る。昔もよくあったものだ。どこから私の番号を仕入れてきたのか分からないが、悪意を剥き出しにしたファンからの悪戯電話。

「‥‥」

鳴り止まない。いやしかし電話に出る気なんてない。ベッドから起き上がって机に向かうと、教科書を開いて椅子に座る。そうして5分程経っただろうか。鳴り止んだiPhoneを手に取ってみると、留守番電話1件の文字。嘘でしょ。もしかしたら本当に知ってる人だったりして。

「‥‥え!」

試しに再生ボタンを押してみる。そうして声を聞いた瞬間、私は慌てて掛け直す為に不在着信欄を開いた。1番上の数字11文字。落ち着かなくてペンをくるくる回していると、暫くして繋がった。

「‥も、もしもし‥‥」
『‥辰巳か?』
「あ、あの‥‥なんで番号‥」
『お前はなんで1回で出ないのだよ!』
「えっ」

いや普通登録してない番号には出ないよね‥?思わず口籠ると、全く本当にお前はうんたらかんたらと、謎の説教が始まった。ちょっと待て。君は私に説教する為に電話をかけてきたのか?それはちょっとやめていただきたい。‥話すのちょっと楽しみにしてたのに。

『知ってる人間の電話番号にくらい‥』
「ちょっと、‥ちょっと緑間君。私そもそも緑間君の電話番号知らないからね?」
『‥‥そ、‥そうだったな』
「ええ‥?」

なんでちょっと緑間君もテンパってるんだ‥?というか、私の番号をなんで知っているんだろうか。いや、大方予想はつくから聞かないでおこう。恐らく八雲さんが犯人なのは目に見えている。

「何か連絡することがあったんじゃないの?」
『明日、17時から決勝がある。暇なら来い』
「‥勝ったってこと?」
『当たり前だ』
「そっ‥か、おめでとう‥!」

なんだか自分のことのように嬉しくて、思わず声が大きくなった。そんな私の声を聞いても、なんら緑間君が動じることはない。さも当たり前だとばかりのドヤ声が続く。

「緑間君がわざわざ電話してくれるなんて、なんからしくないね」
『高尾がしてこいとうるさかっただけだ。仕方なくなのだよ』
「‥そっか」
『あ‥いや、‥‥楽しそうに見ていただろう、練習試合の時』
「あ、前の。仕事に行った時のこと?」
『‥‥来い。こっちの調子が狂う』
「‥はあ?」
『いいな!』

ブチッ。

‥‥って、え?普通ここで切るか?で、調子狂うって何‥?だって、あれだけラッキーアイテムとか揃えておいて調子が狂うこととかあるの‥?通話が切れた電話の画面をぼんやりと見ながら、いつの間にか無意識に登録した電話番号。"緑間真太郎"と名前を入力した瞬間、何故だか物凄い羞恥心に襲われた。

2017.05.11

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