「もうちょい照明寄れる?!映っちゃう?!」
「大丈夫ですー!ちょっとそっち収録遅れてるから急いで!」

5月17日。ちょっとしたテレビの収録の為に、ファッションビルで休憩をしている所で電話が鳴る。名前を確認すると八雲さんで、思わず溜息が出た。結局緑間君が出るという公式試合には行けそうもない。生放送ではないが収録が遅れているのが原因だ。そもそも後ろも詰まっているのに、果たして収録自体も大丈夫なのだろうかと不安になった。

「あの、小川さん‥」
「あと10分くらいで始まるみたいだからメイク直してもらってきて!ごめんね、予定あったみたいなのに‥」
「仕事ですからいいんですけど‥お店側って大丈夫なんですか?撮影時間内で終わらせるって話でしたよね‥」
「さっき話付けてきてたみたいだからそこは心配しなくていいよ。相変わらずしっかりしてるなあ亜樹ちゃんは〜‥とりあえずほら、行っておいで!」

ぐいぐいと小川さんに背中を押され、メイク直しのブースに足を踏み入れると、一緒に収録を行うファッションアドバイザーの女の人とメイクさんが愚痴をこぼしていた。私は何も聞いていない。大人の愚痴に巻き込まれると面倒くさいから関わりたくない。私を担当してくれているいつものメイクさんに声をかけると、慌てた様子ではあったが素早く対応してくれて助かった。

「さっきから撮影組が怒鳴ってばっかで怖い」
「まあ、収録遅れてますからね。もう1時間は押してますよ」
「機械トラブルとかやめてほしいよねー。ちゃんと前日に確認しないからさあ‥‥あれ?珍しい、メール?」
「ちょっと用事があったので断りの連絡を‥」
「エッ!うっそ!超最悪じゃん可哀想‥」

八雲さんにメールを打っていると、後ろからこそこそ内容を見ていたらしいメイクさんが声を上げる。ちょっと何盗み見してるんだこの人。まだ若い人(とは言え私よりも年上)だが、この業界にいる以上少しはモラルを持ってほしい。一言だけ"仕事が終わらなさそうなのですみません"と送ると、数秒後に"えーー!!!"という返信がきた。速い。速すぎる。八雲さんずっと携帯見てたんだなあ、なんてぼんやり考えながら赤いヘアバンドが直されていくのを眺めていると、どうやら準備が整ったらしい声が響く。‥やっとか。

「ありがとうございました」
「はーい、今日も可愛い!‥というか、最近なんかまた可愛くなったよね〜亜樹ちゃんって」
「?」
「努力の賜物だね。ん!いってらっしゃい!」

それ、この間誰かにも同じようなことを言われた気がする。‥と、考えかけてやめた。とにかく早く収録を終わらせよう。

「はあ‥」

ポケットの中でまたiPhoneが震えた。多分、八雲さんからのメールだろう。見てしまったら行きたい欲が上がってしまうので見ないでおいた方がいい。また次の機会に行くことができればそれでいいから。‥今は集中するしかない。













「‥八雲サンいるけど、亜樹ちゃんいなくね?仕事終わんなかったのかなー。マジ超ザンネーン。ん?真ちゃんそんな落ち込むなって、八雲サンによると亜樹ちゃん超行く気満々だったらしいぜー?」
「うるさいのだよ」

別に来て欲しいなんて思っていない。暇だったら来ればいい、というくらいにしか思っていない。またあの時のように笑ってくれればいいのになんていうことも断じて思っていない。‥そう考える程には、頭の中が辰巳のことばかりらしい。隣に置かれているラッキーアイテムのまな板もあるし、決して調子も悪いわけではない。いつも通り。

「‥辰巳、か」

物足りない。
そう感じるのは一体何が足りないのだろうか。

2017.04.27

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