「今日のたっちゃんいつもと雰囲気違うね」

撮影も全部終わって帰る準備をしていると、撮影監督が声をかけてきて振り向いた。‥雰囲気が違うとは。この人に関しては私の制服姿なんて何度か見ているだろうに‥記憶障害かと今本気で考えている。首を傾げてそんな視線を送ってみると、いやいやいや、なんて否定系の発言。

「珍しく笑ってるポーズ多かったからなにか良い事でもあったかなと」
「‥‥特には何も」

なんて言ったはいいものの、写真を取り込んだPCに映し出されているのは珍しく、薄らではあるが笑っている自分だ。15分くらい前、テーマとイメージが合わないんじゃないかと確認したが、これはこれで良いらしい。監督の考えていることはよく分からない。

「いつもの感じもいいけど、たまにはさっきみたいな顔もしてくれると仕事の幅も広がるよねえ‥いや頑張ってたっちゃん。俺の期待のホープだから!」
「はあ、‥‥どうも」

っとにこの人は軽いな。上っ面なお礼だけ述べると、恐らく待たせているだろう小川さんのもとへと急ぐ。時計を見れば10時に差し掛かっていた。やばい、勉強もしないといけないけど睡眠もちゃんと取らなければいけない。頭をフル回転させて、やるべきことを1つずつ纏めていると鞄の中で携帯の着信音が鳴った。

「‥」

仕事って言わなかったっけか。手に持った携帯は未だに震えている。一度無視を決め込んでそっと鞄に携帯を直したが、たった数秒だけ止まった着信音はまた鳴りだしていた。いや、ここで諦めたら八雲さんはその味をしめる。何回も鳴らしていればその内出てくれるだろうから、という解釈をさせてはいけない。それよりも私は勉強だとか色々考えることがあるわけで。無視。無視無視。無視無視無視。無視無視無視無視‥‥

「なんなんですか!」
『お前はいつになったら電話に出るのだよ!』

えっ。いや誰の声。いや誰の声っていうかこの低くて上からな感じはどう考えても奴しかいないんだけど。思わず携帯の着信画面に出てきた名前を2度見した。八雲リカ。そう、八雲リカだ。女性である。そして九州の訛りがあるはずなのだ。特徴が何も一致しない。

『おい、聞いているのか』
「み、‥‥‥緑間君だよね‥なんで、これ八雲さんの携帯じゃ‥」
『八雲に無理矢理携帯を渡されたのだよ。それよりいつの間に帰ってたんだ、おかげで高尾と八雲に捕まった』
「捕まったって‥いや、だって仕事あったから。そもそもそれ私関係ある‥?」
『‥試合、どうだった』
「え?」
『全部見てはいただろう。‥どうだったかのかを聞いているのだよ』

どうだった?‥と言われても、その問いの答えを私が当たられるわけはない。というか正解すらあるのか分からないが。無難に"凄かった"。それでいいとは思ったが、褒めるような言葉を緑間君にかけるべきか、否か。いや、そういうのを求めてそうな人ではない気がするのだ。彼は。じゃあ何を求めているのか?‥だから、私に分かるわけがない。

『‥‥無視するな』
「してない、してないから!‥そんなこと急に言われても‥」
『‥』
「‥」

なんだこの電話おかしくないか。突然何も喋らなくなった緑間君に対して、頭が真っ白になりつつある。ふいに脳裏を過った緑間君のシュートモーションにショートの寸前、少しだけ震える唇が無意識に動いていた。

「‥‥仕事を遅刻しようと思ったくらいには、見てて面白い試合で、‥バスケのことは分からないけど、シュート入れる時のフォームが凄く綺麗だった、‥と思う」
『‥‥。俺も久々に『ぶフぐっ!高尾君顔芸やば!』おい八雲黙れ!』
「え?」

ちょっと待って最後聞こえなかった。後ろの八雲さんの声が煩いせいである。しかもなんか今つまらせたよね?3人で、今どこにいるんだろうか‥気になる。いや、行きたいなんて‥断じて思っていない、断じてだ。

2017.03.15

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