「‥あの、八雲さん。普通あんな所からシュート入るんですか?」
「さあ、普通は入らんっちゃない?まあでも、あれが噂の"キセキの世代"、緑間真太郎の姿なんやないの?今更驚かんよ。あんだけ捲し立てられとったんやから」

凄いじゃない、凄すぎる。驚いたところで点数を見てみれば、驚愕の80点差。歓迎遠足の日こそ驚いたが、試合で見るとまるで違う。1人才能の塊のような人がいるだけで、こんなに違うのか。やっと鳴った試合終了のホイッスルだが、これでまだ2ゲーム目というのだから溜息が出る。ちなみに2ゲーム目をバスケ界では第2クォーターと言うらしい。慣れない。

「‥あんなん反則じゃね?」
「反則っつっても‥普通はあんなの入らねーだろ‥どんな筋力してんだよ怪物かよ‥」

やっぱり普通は入らないらしいと、近くで見ていた他校バスケ部の生徒の声で理解した。でも緑間君、実際の所はシュートだけが凄い訳じゃなくて、身体能力もずば抜けて高いらしい。足も速いし、ドリブルもよく分からなくなるほどに上手い。‥と思う。













調子が良い。全てが完璧と言えど、こんなに調子が良いとは。ボールが手にしっくりくるし、いつもより周りも見えている。敵も然り、味方もだ。何故だ。それは俺が人事を尽くしているからであって、困惑する理由もない。

「よし、緑間と高尾は一旦交代だな」
「ウーッス」
「いや、」
「へ?」
「監督、今日はフルで出してください」
「「は!!!?!」」

チームメイトの驚いた声が耳に響いた。いつもだったら温存の意味でも交代をする場面で、俺も素直にベンチに下がっている。でも今日はまだ駄目だと思った。この調子の良さでまだコートにいたいと、戦いたいと思っている自分が確かにいる。くだらない。くだらないけど、‥辰巳が見ているのだ。目を離せないとでも言うように、俺を。

「‥‥嘘、」

驚きと、ボールが入ったことで喜んだ僅かな頬の緩み。あの日、それに気付いたのは、多分辰巳の近くにいた俺だけだ。きっと本人すら気付いていない。2回席にいる彼女の顔が、その時のそれだ。‥例え忘れても、また何度も思い出すだろう。

「何、どうしたんだよお前。蟹座1位は分かったけど、熱いやる気も一緒についてくんの?その占い凄くね?」
「だーから言ったじゃないスか。蟹座1位の真ちゃんは半端ないって!いやー、期待裏切らねえなー、ホント愛してます真ちゃん!」
「やめろ高尾。気色が悪い」
「つーわけで監督。真ちゃん出るんだったら俺も継続で!」
「そうなの。ふーん‥‥じゃあもうちょっと本気見せてくれないとねえ」

にたりと笑った監督に、高尾が後退る。頭を下げてボトルを手に取った。本気?俺はいつでも人事を尽くしている。それ以上を出す努力も、怠ってはいない。













「‥やばい、小川さん‥」

試合があと第4クォーターで終わるというこのタイミングで、携帯電話が震えた。もうすぐ仕事で、迎えの時間に差し掛かっている。嘘、‥もう少しだけ見ていたいのに、もう少しで終わるのに。八雲さんに一言断りを入れて、端っこで電話を取った。

『あ、亜樹ちゃん?もうすぐ着くからね』
「小川さん、あの‥お疲れ様です。あと何分くらいですか?」
『あと10分くらいかな。どうかした?』
「あの‥‥。‥少し、先生に分からない所、聞いてて、5分くらい遅れます。すみません」
『相変わらず真面目だなー!いいよ、5分くらいだったら待ってるから』
「はい、‥すみません」

初めて、仕事で小川さんに嘘を吐いてしまった。ドキドキしながら通話終了ボタンを押すと、ほっと息をつく。ああ、ほんと、急に不真面目。でも、最後まで見たい。コートへと視線を戻した時には、第4クォーターが始まっていた。

2017.02.24

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