「1時間休憩入りまーす!」

早くも5月に入った。気候的には過ごしやすいが、さすがにこの格好はキツイなあとパイプ椅子に腰を下ろす。本来ならば学校のある平日だが、撮影の為に公欠を貰って街中まで来ていた。周りには平日だというのに人が押し寄せている。学校へ行け、仕事をしろ。

着用しているのはデニムのホットパンツに、真っ白なシースルーのノースリーブシャツ。黒いバンドゥブラが透けて見えている。どうやらこれが今年のトレンドらしい。仕事じゃなかったら着ないし、そもそも好んで着る人がいるのか。目下最大の疑問である。

「亜樹ちゃ〜ん」

小川さんにペットボトルを受け取って水分補給をしていると、後ろから声がした。振り向くと、本日一緒に撮影をしている読者モデルのKANYA☆さんが、ポニーテールの髪の毛を揺らしながらこちらへ歩いてくるではないか(本名は知らないし知る気もない)。女子力感が凄い。女子力と言うよりはぶりっこが凄いだけなのだけど。まあつまり私はこういう女子が1番苦手なのだ。しかもKANYA☆さんとは今日初めて会ったというのに、この馴れ馴れしい猫撫で声が感に触る。八雲さんの方がよっぽどマシだ。

「ねえ、撮影終わったら2人で遊びに行かない〜?私亜樹ちゃんのファンでね、ほんと、今日楽しみにしてたんだ〜」
「それ朝も聞きましたけど」
「だって本当のことだもん!ねえお願い!」
「撮影後、私は学校に寄らないといけないので」
「エッ!?なんで!?公欠でしょ!?」
「貴女には関係ないでしょう‥」
「あ〜っ!分かったあ、彼氏でしょ〜、彼氏待たせてるんだ〜!ねえ、マネージャーさん聞きましたあ〜!?売れっ子モデルに熱愛発覚ですよ〜!」

うっわ。ウザい!そう思ったのも束の間、彼女のマネージャーらしき人が「本当にすみません、すみません!」と私含めその場にいる全員に頭を下げていた。空気の読めない読モだな。読者モデルの中では秀でた白い肌と大きい瞳、加えて目に痛いオレンジ色のシャギーの髪。どうやらそんな彼女のことは巷では有名らしく、撮影監督が苦笑いを浮かべて適当にあしらっていた。

「あのねえ、私本当は亜樹ちゃんにお願いしたいことがあってえ‥」
「駄弁る暇があったらポージングの確認でもしてたらどうですか」
「黄瀬涼太君、紹介してくれないかなあ‥?中学も同じだったんでしょ?」
「‥はあ?」
「や、やだ‥もしかして付き合ってたとか、ないよね!?」
「馬鹿じゃないですか。ていうかそんなことに私を利用しないでください」

付きまとわれるのが嫌で椅子から立ち上がると、近くでまだぺこぺこ頭を下げていた彼女のマネージャーらしき人に声をかけた。あの人目障りですと。それを聞いた瞬間、大慌てで彼女の元に駆け寄って行ったのを見て、深く溜息をついた。読者モデル全部がなんて括りにはしないけど、それにしてもモラルがなってないと思う。少し離れた場所にある公園にでも行こうかな‥。そう考えて小川さんに一言だけ告げると、鬱陶しい空気から逃げるようにその場を後にした。‥後半の撮影とても心配。













「ハーア。亜樹ちゃんいないと中々つまんねーよなー」
「お前は誰に断って明日の課題を写しているのだよ」

あの遠足から2週間が経ったものの、変わらず俺はおは朝、勉強、バスケと完璧な人事を尽くしている。ただ今までと少し違うのは、高尾が金魚の糞みたいについてくるようになったことと、図書室に通うようになったことで八雲リカという女子生徒とも無駄な絡みが増えたこと。ただしこれは金魚の糞の高尾との絡みが増えただけであり、俺とは特に関係がない。

それとは別にもう1つ、辰巳亜樹という人物と関わりが増えたということだ。図書室の1件以来、俺は辰巳に勉強を教える機会が増え、遠足以来それなりに会話するようになった。辰巳は中学時代のチームメイトだった黄瀬涼太と同じようにモデルの仕事をしているらしいが、黄瀬のようなバカを絵に描いたような軽さはなかった。むしろ真面目だ。俺はどうやらモデルをする人物の特徴を勘違いしていたらしい。

「真ちゃん‥俺はもうクタクタで考える力なんて残ってねーんだよ‥明日は日直‥当たるだろ‥?たまには俺のこと優しくしても大丈夫だって。真ちゃん人事尽くしてるから」
「鍛え方が足りないのだよバカめ」

部室で課題の数学をせっせと自分のノートに写しながら、ただ書いても身に入らないだろうけどなーと文句を垂れる高尾を殴ろうと思ったが、それは目の前の窓の向こうにいた人物を視界に入れたことで、ピタリと手が止まった。誰だ、あれは。あんなハレンチな格好をして校内に‥‥

「‥大変だ高尾」
「は?」
「不審者だ」
「‥ハア?どこにいんの?」
「あれだ」

指を差した先にいたのは、恐らく女性。訳の分からない透けたスカートの下にミニスカートを履いて、透けたシャツからは黒い下着が見えている。なんてはしたない格好をしているのかと、思わず掌で目を覆った。あの黒くて長い髪型だけが清楚さを際立たせてーー‥‥ん?‥どこか、誰かに似ていた気がする。

「不審‥って、あれ亜樹ちゃんじゃね?!物凄くエロい!!」
「いや、辰巳な訳がないのだよ!」
「おーい!!亜樹ちゃーん!!なんって刺激的な格好してんのー!?」

窓から乗り出した高尾の声に、向こうの人物が振り返った。何故あんな格好をしているのかは分からないが、本当に辰巳だったらしい。いつもと雰囲気が違っていて、目を覆っていた掌を思わず下げた。驚いたように目を丸くして、声が大きいです!と叫んだ彼女に俺は心の底で叫ぶ。「お前も大概声が大きいのだよ!」と。

2016.09.21

prev | list | next