「っはー!!どヘタクソか亜樹!ゴール目の前やん!しかも頭上にボール!奇跡!!」
「八雲さんあんま笑っちゃ駄目だって!辰巳サンめっちゃ怒ってるから!!ッギャハハ!!」
「2人揃って喧しいのだよ」

本当、揃いも揃って失礼すぎやしませんか。高尾君に関しては本気でぶん殴りたい。ぐるぐるに縛り上げて東京の海に沈めてやろうか。ていうかその2人のテンションの高さ似過ぎてて引くレベル。

現在、お昼ご飯を食べた私含む4人で、遠足の為に来ている公園の端にあった、小さなバスケットコートに立っている。発端はもちろん高尾君で、バスケットボールはコートに置き去りにされていたものだ。この4人で会話が保つ訳もなく(というか、高尾君と八雲さんでしか言葉のキャッチボールがなされていなかった)、段々と暇を持て余してきた高尾君がバスケットコートとボールを見つけてきたのだ。

そこからの行動は早かった。高尾君がボールを投げるなり、いち早く反応した緑間君が愚痴愚痴と言いながらコートへ向かう。それを見た八雲さんが私の腕を無理矢理引っ張る。そうして緑間君と高尾君の間に入っていった八雲さんにパスが渡って、ゴールの中へとボールが吸い込まれた。次いで投げられたボールは、私の手に収まる。そのままなんとなくゴールへ放ったボールはリングに当たり、私の頭上に。‥とても痛かった。

「いやあ、顔にヒットせんくてよかったやん。モデルの仕事できんくなるのはさすがに‥理由がなあ?っははー‥!」
「リングに当たってからボールどこいった?みたいに困惑してキョロキョロしてた顔中々可愛いかったぜ〜ブフフフッ‥‥ホントなんなの辰巳サン!俺これから辰巳サンのこと亜樹ちゃんって呼ぶわ、親しみを込めて」

親しくないからやめてほしい。ていうかめちゃくちゃ面白がってるからムカつく。私だって練習すればいくらでも入るんだから。‥と言いながら、学校の授業で一度も入れたことはないけど。ギロリと高尾君を睨みつけてやると、「俺だけが笑ってんじゃないのに!」と八雲さんの後ろに隠れていた。そう言うならその頬っぺたの緩みをどうにかしろ。高尾君を宥めている貴方もです八雲さん。

「そんな雑なタッチで入る訳がないのだよ」
「知らないよそんなの。私にとってボールをゴールに入れるのは運なの。入れば大吉、外せば吉」
「外しても吉なの!!?ポジティブ!!!」
「俺は日々の練習から絶対シュートを外さない。そしておは朝のラッキーアイテムも日々欠かさない。人事は尽くしている。だからこそシュートが落ちることはない。つまりシュートが決まる決まらないというのは、運云々ということではないのだよ」
「おは朝はもういいよ‥」

毎度ながら、中々のイケメン面からおかしな言葉が出てくるのは未だ慣れない。

「まあまあ。とりあえずもっかいやってみてん亜樹。今度は入ると思うけんさ。はい」

そう言うなり、八雲さんはボールに手をかけてゴールめがけて投げた。ザシュッと、ネットにかかった音がしてボールが落ちる。あれがなんで入るのかと考えたらやはり運ではないかと心底思う。ゴールのラインの角を狙って打てと言われても、まず角を狙うのが難しいんだよ知ってる?てかなんでバスケの練習してんの私。

「‥‥貸してみろ」

八雲さんに渡されたボールを手にぼんやりしていると、後ろに現れた大きな影。ボールを持っていた私の掌に、倍くらい大きな掌が優しく、しかししっかりと添えられた。驚く暇もなく、緑間君はゆっくり私の掌ごと上へと持ち上げる。

‥なに、やってんの‥?

無意識にやっているのだろうか、ちらりと斜め上後ろを振り向くととても凛々しい顔が私の瞳に映る。ゴールをじっと見つめるその姿に、いままでに出会った著名人にも感じたことのない、不思議な高揚感が身体を駆け巡った。目の前にあるフェンスの奥から、何人かの女の子達がこちらを見ているのが分かる。ついでに言うなら、高尾君と八雲さんの視線も感じた。

「運動音痴にはこれが1番効くのだよ」
「誰も運動音痴なんて言ってないんだけど」

そんな私の言葉はシカトという報いを受け、ふわりとボールが宙を舞った。‥‥‥‥ボールの軌道、異常に高くないか‥‥?そう思ったと同時、高尾君の「結局ループ高いんかい‥!」という笑い声が聞こえた。成る程、この高さは緑間君の通常運転らしい。

「‥‥‥あ」

ザシュッ。
弧を描いたボールは、リングにかかることなくネットを潜る。‥‥‥生まれて初めて(サポートがいるからとは言え)、ゴールに入ったのだ。

「‥‥嘘、」
「当然だ。俺が打ったのだからな」

半分以下は私だ。‥とはさすがに言えないが。包まれていた掌は何事もなかったかのように離されて、背中から温かみが消える。振り向いてみると、高尾君の少し驚いた顔と八雲さんのニヤニヤ顔が並んでいた。緑間君はと言えば、

「‥‥‥やっぱり、通常運転ですか」

顔を乱すことも崩すこともなく「あまりにも無様で哀れ過ぎる。仕方なく教えてやったまでなのだよ」なんて溜息交じりに零しながら、眼鏡のブリッジを押し上げている。初めて「私、モデルなのに」と感じた瞬間だった。そんな、黄瀬君みたいなこと考えたことなかったのに。

私の高揚感は収まりつつあった。それでも、その不思議な高揚感を忘れるのは少しばかり難しいかもしれない。

2016.08.29

prev | list | next