しーん。言葉に表すならまさにこれだ。ノートに答えを書く音だけが図書室に響いている。高尾君の隣の席は、緑間君と高尾君の荷物が置いてあった為、自動的に私は緑間君の隣に座ることになった。気まずい‥っちゃ、気まずいけど、気にしない気にしない。それよりもこっちの問題を解く方が先だ。

「真ちゃん。喉渇いたから飲み物ジャンケンしよーぜ」
「俺はお汁粉なのだよ」
「いやジャンケンっつってんだけど」

お汁粉って。‥っていう言葉は飲み込んだ。集中集中。ていうかさっきからこの問題に躓いてるんだけど。代入する数字がおかしいのかな‥いやでも、変えるとこっちが解けなくなるし、‥いやそもそも、どっちも違うのか。‥んん。ちらりと緑間君の方を見ると、私がやってる所の次のページの答え合わせが終わっている所だった。まじか。

「真ちゃんジャンケン強すぎね?俺いつ勝てるワケ?」
「人事を尽くしている俺に勝とうなど10年早い」
「ただのジャンケンなのに!?」

どんな理由だ。‥っていう言葉もなんとか飲み込んだ。この2人の会話ツッコミ所満載すぎて集中できない。くそ、なんでここに座ってしまったんだ、私じゃなくてこの2人が。「くっそー」とぶつくさ言いながら席を立った高尾君のノートには、黒でぎゅぎゅぎゅっと塗りつぶしている所が数カ所ある。消しゴムで消せ。‥いやほんとにツッコミ所多いわ!

「‥さっきから手が止まっているみたいだが」
「うっ‥」

数分後、腕組みをしたまま視線を私に寄越したらしい緑間君が、確かにそう声に出した。そうだよ、躓いているんだよ。君がさらっと解いてしまった問題にね!ノートを見つめるのをやめろ!

「そっちは途中まで合っている。単純な計算ミスだ。集中力が足りていないな」

集中力が欠けてしまっているのはこの空間のせいにしてやりたい。‥が、そんなことは絶対言うもんか、負けた気がするし。

「‥ご指摘どうもありがとうございます」
「どうしても分からないなら聞けばいいだろう。俺はそこまで鬼ではないのだよ」
「勉強の邪魔になるじゃないですか」
「人に教えることは自身の力にもなる。高尾みたいになんでも質問されれば邪魔になるが、1つくらいなら教えてやらんこともない」

どこまでも上からな物言いだな。だけど、その心は正直有難い。私は決して天才の部類じゃない、努力しないと出来ない類の人間だ。分からないことは分からない。つまり先生だか誰かに聞くしかないのだ。だから正直、ムカつくけど、緑間君の言葉は少し、ほんのすこーーし有難かった。

「じゃあ‥‥これ、解説お願いします」

そう言って教科書を真ん中に寄せると、大きな手がピンクの蛍光ペンに伸びる。どうやら分かりやすく線まで引いてくれるらしい。丁寧な文字で私のノートに方程式を書き込んでくれる。‥先生より分かりやすい説明してくれるじゃないか。なんてことだ。

「で、このyをだな‥」

いつの間にか私の文字じゃない文字が、半ページを埋めていく。そして説明が終わった頃には、私は内容をきちんと理解し、問題を正しく解くことができていたのだった。

「成る程。すごく分かりやすい。緑間君説明上手い‥です。ありがとうございます」
「なんなのだよその敬語は。つける必要はないだろう。気色悪いからやめろ」
「それは女の子に言っちゃダメです、‥でしょ」
「いいからこの応用を解け。それができれば問題ない」

女の子には優しくしろと言われたことがないんですか。気色悪いってNGワードだからね。渡されたB5の用紙を受け取って、机に向かう。教えてもらった通りに解き始めれば、全然なんてことなく答えは出た。敵に教えてもらうとは思ってなかったけど、‥‥なんか、緑間君って意外に話しやすいかもしれない。

「真ちゃんおまたー、ほいお汁粉。辰巳サンお茶。高尾君からの奢りだぜー」
「ありが「高尾。遅い‥って!熱いのだよ!」」
「ったりめーじゃん。4月だぜ?つめた〜いはまだ出てねえよ」
「俺の家の近くの自販機に売っているのだよ馬鹿め!」
「そりゃ鬼畜すぎんだろ!」

‥お汁粉につめた〜いとかあるの?

2016.07.22

prev | list | next