図書室ほど静かな場所はない。しかも、秀徳の図書室は広く、生徒に見えない所にも机と椅子がある。モデルとかいう芸能界の職業をしている以上、どこにいても人が集まってしまうものだけど、図書室の角の端だけは違うらしいことをつい最近知った。というよりは見つけた、が正しいが。それ以来、仕事のペースを落としてからはずっとそこに入り浸っている。

「亜樹、今日も勉強?倒れても知らんよ〜?」
「八雲さんこそまた図書委員の仕事押し付けられたんですか?」
「何言っとうと。亜樹の為に代わってるんやからちょっとは感謝しーよ」

図書室のカウンターで声をかけられて、そっちへと首を動かした。最近図書室に寄ると、毎度この人がカウンターの椅子に座っている。九州地方の訛りが残る喋り方が特徴的な女子生徒 -- 八雲リカさんは、私をモデルと知っていても尚この調子だ。逆にそれは助かっているけど、なんかいつの間にか呼び捨てで呼んでるし、‥正直、本心が見えない繕った笑みが少し気味悪い。

「リカって呼んでいいって言っとるのに‥そんな頑なにならんでもいいやんか〜。あ、いつもの場所多分空いとるから」
「‥毎度毎度有難う御座います‥」
「なんも狙ってないっていつも言っとるやんか‥そんな不信そーにせんでくれる?」

他のクラスである八雲さんだが、私は図書室で会う前に一度見たことがある。シャンプーのCMに出れそうなくらいサラサラ黒髪のロングストレートの髪は頭の上で一つに纏められていて、かつ他の生徒とは何か雰囲気が違う。ミステリアス、とでも言うべきだろうか。特別美人というわけではないけど。

「にしても、人気者は大変やね。ま、それでも亜樹は他人との距離めっちゃ置いとるけん、他の生徒は近付きにくいみたいやけど」
「友達がいないみたいに言わないでくださいよ」
「なん?私が友達だとでも言ってくれるん?」
「中学に何人か仲の良い子はいたってことです」
「ふふ、つまんないの」

‥やっぱりよく分かんない人だ。小さく溜息を吐いて、いつもの角の席に向かう。今日は明日の予習と、小テストがあるって言ってたからそれの復習かな。小テストだろうがなんだろうがあの変人・緑間真太郎に負けてたまるもんか。鞄の中身をガサガサしながらお目当の教材を手に取ると、椅子に着席ーー‥‥

「アレ?辰巳サン?こんなとこで何やってんの?」
「っん"なっ‥!!?」

ちょっと待て。なんでこんな所に黒髪のチャラ男が‥!そしてさらに、その目の前にいたのは緑間真太郎である。そこは私の席だと声を大にして言いたい。が、ここは図書室だ。それは避ける、が。おかしくないかこの状況。そもそも、私はてっきり八雲さんがテリトリーを守ってくれてるとばかり思っていたのに、ていうか空いてるんじゃなかったのか。適当なのか。勝手な思い込みにも程があるっていうことか。やられた‥!

「ああ、辰巳か。‥そういえばキーホルダーをまだ借りていたな。返してやるのだよ」
「なんで上から目線なんですか」
「そっちこそ何故ここにいる」
「会話の流れを自分のペースに持っていかないでくださいよ。んで、えーっと‥」
「あ?俺?高尾和成ってんだ。ヨロシクなー辰巳サン」
「あー‥緑間君と高尾君がなんでここに‥ここは私が見つけた唯一の勉強スペースなんですけど」
「あー、確かにここ人にバレにくいポイントだもんなー。成る程ね、辰巳サンがフツーに図書室にいたら好奇の目に晒されるか。‥だってよ?真ちゃん」
「ここはあと2席余っているだろう。勝手に使えばいいのだよ」

気が散るって言ってるんですど。‥そんな私の不満オーラさえ気にすることなく、緑間君は私にキーホルダーを手渡すと高尾君と共に机に向う。緑間君は勉強。‥で、高尾君も‥‥なんかイラストをノートに書いてパラパラして、緑間君に怒られている。馬鹿なのか、高尾君‥

「‥っぶふ、」
「アレ?今辰巳サン笑った?笑ったっしょ?」

そりゃ、そんなイラストパラパラされたら笑うでしょ。恐らくイラストの人物は緑間君だ。上手い、てか器用だな。その緑間君がメガネのブリッジを手で押し上げるまでの流れが描いてあり、吹き出しで彼の代名詞「今 日 の ラ ッ キ ー ア イ テ ム な の だ よ」が続く。そしてキディちゃんのぬいぐるみを持った緑間君の真面目な顔から、一番最後の吹き出しに出てくるのはハートマーク。シュール。シュール過ぎる。

「なに?ラッキーアイテムだったら例え女の子の人気者のキディちゃんぬいぐるみでも肌身離さず持ってるってことですか‥?」
「当たり前なのだよ。それがラッキーアイテムであれば人事は尽くさねばならないからな」
「‥っは、み、緑間君それ天然なの‥?」

バカと天才は紙一重と言うが、この人はきっと両方兼ね備えている。てかそもそもなんでこの2人友達やってんだろうと思ってたけど、中々良いコンビなのかもしれないな、なんて考えながら私はお腹を抱えた。

2016.07.21

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