「えっっ…学校を優先して仕事をする!!?」
「はい」

とある金曜日の所属事務所で、大声が響いた。物凄い驚きっぷりだ。スケジュール帳を片手に目を見開く女性、もとい私のマネージャーである小川さんは、そのスケジュール帳と私の顔を見比べながらあたふたしている。そうね、スケジュールどえらい詰め込んでたもんね。知ってますよ。たまに死なせる気かって本当に思う。

「なんで!?亜樹ちゃん今が波に乗ってるのに!」
「個人的な考えがありまして。申し訳ないですけど」
「そ、そんなあ…今回ドラマでの女優デビューも社長に後押しされてるし、写真集も第2弾組んでるんだよ…?しかもストイックだし、雑誌で恋人デートの特集組んだ時の男との噂も煙すらたたないから、恋愛物とか向いてるって業界側が亜樹ちゃんのこと取り合いしてるんだよ〜!!」
「私恋愛物とかしたいっていつ言いました?」
「いつもの負けん気は!!?」
「今、違う所に負けん気いってるので。小川さん、すみませんけど」

椅子に座ったまま、机におでこをつけて謝った。小川さんが頭を抱えている。今日はこれからの仕事について話し合う為に事務所に寄ったのだが、まさか私が仕事キャンセルしてくださいと言うなんて思わなかったのだろう。てか、水面下で何動きまくってんだ。分かってたけど改めて芸能界怖い。

「でも、なんでそんな急に…?成績だって入学試験2位だったんでしょ?」
「2位ですよ?それに、絶対負けたくない人がいるんです。…今度こそ勝ちたい」
「え?今度こそって……もしかして、中学の時に負けたくないって言ってた子が高校同じだったの?」
「そういうことです。…なので、これと、これとこれ。学業に支障がでそうなので」

すっと指を差した仮予定の仕事に、小川さんは慌てたように椅子から立ち上がった。

「うええ!!?東京ガールコレクションと愛水協会主催の新作水着披露会も!!?なんで!!?」
「私の後釜なんて腐る程育ってるじゃないですか。大丈夫です、レギュラー雑誌の撮影は誰よりもしっかりこなしますし、写真集も全力でやりますから。それにまず、水着好きじゃないんです。東京ガールコレクション、最後は水着らしいですね。小川さん私の情報網舐めてたらだめですよ」
「そ、そんなあ…亜樹ちゃん〜…!!」













小川さんが途方にくれながらも電話番号とにらめっこをしているのを見て、私は飲み物を買いに席を立っていた。小川さんにはよくしてもらってる。それはよく分かっているけど…でも自分の考えは変わらない。とても負けず嫌いなのは昔からだったし、中学時代特に仲のよかった友達も皆負けず嫌いだった。まさに、それ故だ(とも思う)。

自販機にお金を入れて、コーンポタージュのボタンを押す。ガコンと出てきた缶を手に取ろうと屈むと、それより先に長い腕が伸びた。うわ、てかなんでこの人ここにいるんだ。神奈川行ったんじゃないのか。

「たつみっち!久しぶり、元気っスか?!」
「…なんでいるの黄瀬君。キミの事務所神奈川エリアになったはずでしょ」
「久々に会った挨拶とは思えないっスけど!」

金髪の髪を輝かせながら、耳元で激しく煩い黄瀬涼太は見えない尻尾を大げさに振り回している。変わってないぞこいつ。私と黄瀬君は同じモデル事務所所属で、今若者の間でキテるモデルらしい。個人的には嬉しいけど何故黄瀬もなんだ。女子みたいに鬱陶しいその口を糊かホッチキスで塞いでやりたいと思ったことは数知れず。私も女子だけど。女子に人気がある理由が分からない。いや私も女子だけど。大事な事だから2回言った。

「今日は東京で撮影があったんスよ〜。っても仕事東京の方が多いし、なんだかんだでよく顔合わせると思うっスけど」
「不快」
「ひどい!!」

コーンポタージュの缶を受け取って溜息を吐いた。無駄にシャラシャラして。その癖ことあるごとに私に相談だの勉強だの…ああ、思い出すだけで苦痛だ。あ、そういえば私黄瀬君と同じ帝光中だったっけ。校内で会った事無いからどうでもいいけど。

「そういえば、辰巳っちって秀徳高校受けたって聞いたんスけど」
「誰に」
「小川サンに」
「小川さん…」
「秀徳つったら緑間っちと同じ高校っスね」

みどりまっち?‥新作のたまごっちだろうか。

「たまごっちと同じ高校ってどういうこと?もう流行ってないけど」
「たまごっちのキャラじゃなくて!つかみどりまっちってキャラ想像しただけでも全然可愛くないっス!!緑間真太郎!オレと同じキセキの世代の!アンタ実はバカなんスか!?」
「黄瀬君にバカなんて言われたくないわ!…ん?緑間真太郎って…緑間君?黄瀬君バカなのになんで緑間君と友達になれたの!?」
「キセキの世代知らないんスか!?」
「知るか!」

あと数秒後には中身の入っていないコーンポタージュの缶を投げつける。絶対。

2016.07.07

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