「…それは、君のか」

なんだか朝から疲れ果てている男子生徒を見て、なんだか無性に可哀想になった。入学式の1年生の制服は、皆パリッとしていて初春を感じる。というのに、この目の前の男子生徒の頭には葉っぱが1枚乗っていて、なおかつ学生鞄が肩からずり落ち、ズボンの裾が地味にめくれている。いやそれくらいはサッと直せばいいと思うんだけど。それにしても何故私のキーホルダーを見て目を光らせているのか。最早意味が分からない。

「そ、そうですけど…」
「……」

無言の圧力が怖いんですけど。何を考えているのか、少し難しい顔をして右手を顎にそえた。な、なんなの…無意識にキーホルダーを握った瞬間に、廊下側からひそひそと女子の声が聞こえてきて視線を向ける。…目がハートだ。

「やっぱりかっこいー…!秀徳って噂本当だったんだ…頑張って勉強してよかったあ…!」
「仲良くなれないかなあ…ねえ話かけようよ…!」
「む!無理無理!とりあえず眺めてようよー…!」

あー成る程。なんとなく状況を察した。この眼鏡君は恐らく人気者で、群がる女子からなんとか逃げてきたんだろう。だから色々とよれよれなのか。確かに女子高生のパワーって引くよね。私も引くよ、女子高生だけど。でもだからって何故私のキーホルダーを見つめるのか。

「…君は何座なのだよ」
「…は、なの、だよ?」
「これは至極重要な質問だ。君は何座なのだよ」

…今耳が変だったかな…と思ったのもつかの間、大真面目な顔での2度目の問いに私は大きく瞬きをした。モデルを仕事にして早2年は立ち、目も幾分か肥えたと思う。その目でよくよく見ると、眼鏡君はモデルみたいに端正な顔をしていて…かっこいい。あのヘタレ臭い金髪とは大違いだ。だがその問いに対してリアクションしにくいのも確かで。

「何座って……魚座、ですけど…」
「やはりか!全く、おは朝には毎度驚かされる‥」

難しい顔をして唸っている所悪いけど、話に全くついていけていない。おは朝って確か4チャンネルでやってる番組でしょ…?それが一体どうしたというのか。

「今日のおは朝占いの蟹座は最悪だった。だがラッキーアイテムに宝玉を持った龍のキーホルダー、そして魚座の人物が最悪の運勢を変えてくれると。ありがとう、今日が無事に過ごせそうだ」

キーホルダーについてる玉が宝玉なのかもわかんないのにこの人大丈夫かな。イケメンなのに脳内チンプンカンプンだし、占い信者って女子か。しかもありがとうって何。照れどころか困惑だし。

「…で、その手はなんなんですか」
「そのキーホルダーを今日1日貸すのだよ」
「なんで上から!ていうかこれちょっと前に友達みたいな人にもらったただのお土産なんですけど…ご利益でもあるんですか…?」
「おは朝占いを信じて損は無い」
「は、はあ…」

結局私は大真面目な顔で受け答えをしてくれる眼鏡君に何かを言い返せるわけもなく、小さく溜息を吐くと鞄から龍のキーホルダーを外した。今度おは朝のスタッフに会ったら熱狂的な信者がいましたよって伝えておこう。きっとスタッフが吃驚するけど。

「ありがとう。恩に切るのだよ」
「そんなんで恩を感じてもらっても反応し辛いです」
「…そういえばどこかで見たような顔だな…」

まあそうでしょうね、雑誌かテレビかなんかでしょ。っていうか今頃か、というツッコミは止めておく。とりあえずキーホルダー貸してもらっておいて名前も名乗らないのはどうかと思いますけど…と言いかけたところで、眼鏡君は斜め前の席に座りながら眼鏡のブリッジを上げて言い放った。

「オレは緑間真太郎。キーホルダーは明日でいいか?」
「辰充亜樹……………って、…ちょっと待って今なんて言いました?」
「?キーホルダーは明日でいいか、と」
「違うその前!」
「オレは緑間真太郎。…何かおかしかったか?」

2016.06.10

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