「へー、バスケ部。モデルもやってバスケもやってるとかどんだけ暇を持て余してたの?」
「失礼っスよ虎侑サン!!」

だってそうでしょ。よっぽど強豪じゃなかったら時間の合間にモデルもできると思うけどさ。2杯目のカフェオレに口をつけて、黄瀬涼太君の世間話に耳を傾ける。ほとんど右から左に抜けてはいるが、その中で唯一聞き逃していなかったこと(大概失礼だとは思っている)。それが、彼は中学の頃からバスケをやっているらしいという情報だった。

「二足の草鞋って大変でしょ。だからどっちか適当にやってんのかなーって」
「適当にはやってないっスよー。出来ちゃうんス!オレ、見たら一瞬で出来るんで!」
「何それウザい!発言には気をつけないと5分以内に刺されるよ」
「怖いこと言わないでくれるっスか!?ってか、誰に刺されるっつーんスか!!」
「私」
「目の前の本人!?」

あー。てか早く撮影でもなんでも行ってくれないかな。見たら出来るってなんだ、魔法使いか。長い足を得意そうに組んで、泣きそうに「洒落になんねっス!」とか言ってるんじゃないよ。場合によっては手刀で刺す。

「‥そういう虎侑サンこそ、なんか部活やってないんスか」
「やってたらなに、見て出来てしまう所を見せびらかそうとでもしてんの?黄瀬涼太君、女子にモテないでしょ」
「いやあ、残念ながらモテるんスよねえ〜‥って!!発言に棘が目立つんスけど!!」
「むしろ棘を刺してるの」
「刺すって!!さながら有言実行!!」

マスター、物凄く可笑しそうにコップを洗っている。まるで会話を聞くのが楽しいとでも言わんばかりだ。いや別に私も楽しくない訳じゃないんだけど。黄瀬涼太君、女の子みたいにころころころころ表情変わるから。彼は友達にはいなかったタイプだ。

「あとちょーっと訂正しときたいんスけど、オレ神奈川の海常高校って、一応バスケの強豪校にいるんス。全国でも屈指の強豪校なんスよ」
「何回も強豪言わんでいいわ。‥‥って、海常高校‥?」
「お、知ってるんスか?」
「バスケどころか運動部の強豪じゃん。バレーも強いよ、海常って」
「へえー!‥あ、分かった。虎侑サンってバレー部なんだ?だから強いって知ってるんスよね?」
「その小さい脳みそでも考えることはできるんだね。凄い」
「酷い!!!」

褒め言葉だよ、顔小っちゃいから。‥とは言わない。‥海常高校か。中学の頃、高校の進路を決める際に、バレーの特待生として来ないかとスカウトされた高校だったし、バレーをやってる人なら知っている人は知っている。"約束"があるから蹴ったけど。親友のウサギももちろん、他校からスカウトが来ていたが、その"約束"の為に蹴った。そして、誠凛高校のバレー部の試合を見て進学先を決断した。"彼女"が欲しがっていた物がそこにあるとーー‥‥

「‥ン、虎侑サン?どうしたんスか?」
「え、あ‥いや、なんでもない。すみません、お水もらっていいですか?」

ずっと黄瀬涼太君の話しを聞くだけだったから疲れたのだろうか。曇っていた脳内をはらうかのように、マスターから冷水を貰って飲み干した。昔話なんて思い起こすものじゃない。なんか急に目が覚めた。‥‥帰ろう。

「そろそろ帰らなきゃ」
「へ?」
「マスターさん、マフィンご馳走様でした。お金ちょうどあるのでここに置いていきますね」
「こちらこそ。また来てね、陽菜子ちゃん」













「んもー、なんなんっスかねあの子!言い逃げじゃないっスか!!オレのガラスのハート粉々っス!!あと20分で撮影始まるのになんでこのタイミングで粉々にされないといけないんスかあ〜‥!!」
「涼太君は粉々になっても修復が速いからいいじゃないか。はい、マフィン」
「あ!さっきの!」

ほらね。ーーそう言いたげに眉をハの字にさせたマスターは、嬉しそうにフォークを掴んだ目の前の金髪を見て、コップ洗いを再開させた。

「それに、案外ガラスのハートなのは陽菜子ちゃんの方かもしれないね」
「どこが!?」
「心が広い大人にはそれが分かってしまうんだよ。頑張れ、涼太君」
「オレの方がよっぽど繊細だと思うんスけど!マスター分かってない!!」

不服とばかりに顔を歪ませる彼は溜息を吐くと、まあいいやとばかりに白いマフィンにフォークを刺した。「ふかふかっスね!」なんてどっかの誰かみたいな感想を零したのを見て、マスターは口に弧を描いて微笑むのだった。

2016.08.31

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